久保フィーバーは起こっていない
久保建英をレアル・マドリードから1年間の期限付き移籍で獲得したビジャレアルは今、ラ・リーガの中で最も迅速かつ的確に補強を進めているクラブだ。
スペインの国内外から30件以上のオファーが届いていた久保の獲得した――今夏最大の「争奪戦」を勝ち抜いた—―後、バレンシアからフランシス・コクランとダニエル・パレホの即戦力ボランチ2名を迎え入れた。
ビジャレアルは人口5万人の小さな街にある大きなクラブという特異性を持つだけに、数日内で久保、コクラン、パレホというビッグネームの獲得を立て続けに発表してもフィーバーは起こらない。
ヨーロッパリーグ(EL)の常連で、時にチャンピオンズリーグ(CL)に出場するというクラブの規模感から見ても、プレッシャーは「皆無」と表現していいレベル。8月10日から新シーズンに向けて始動したチーム周辺に過度な期待はない。
ただそこにはデメリットもある。チームや選手に勝利やタイトルを求めるような要求、良い意味でのプレッシャーがないということ。
もちろん、人口の半数に及ぶ2万5千人収容のエスタディオ・デ・ラ・セラミカには熱と目の超えたファンがいる。しかし、タイトルを狙うビッグクラブには当たり前にあるファンやメディアからの高い要求がないからこそ、ビジャレアルは今回ウナイ・エメリという野心的な指揮官を招聘したのだ。
フェルナンド・ロッチ会長を含む経営陣から「タイトル獲得」という言葉は出ず、年間予算的にEL圏内(5、6位)に滑り込めれば「シーズン成功」と評価できる。だが、エメリ監督招聘の狙いは明らかにタイトルを争える競争力の高いチームを作ること。その野心を秘めている。
期待されるのは攻撃の中心としての役割
パリ・サンジェルマン(PSG)時代はネイマールら大物選手の扱いに苦労し、アーセナルでは主力との確執から失敗の烙印を押されたが、スペインにおけるエメリ監督の評価はいまだ揺らがない。奇襲もうつ「策士」として知られるように、特定の戦術、システムに固執せずに相手や状況に応じて柔軟にサッカー、戦い方を変える指揮官だ。
そのエメリ監督みずからが獲得を熱望した久保の「現在地」は相当高い。期待されているのは、サンティ・カソルラ(今夏にアル・サッド移籍)が昨季担っていたような攻撃の中心選手としての役割だ。
久保の能力を最大限に引き出すなら、4-2-3-1のトップ下に据えるのが最適解だろう。しかし、近年のビジャレアルは4-4-2をベースに、ポゼッションもカウンターも繰り出す攻撃サッカーを志向してきた。
前線にはスペイン代表のパコ・アルカセル、ジェラール・モレーノ、コロンビア代表のカルロス・バッカの点取り屋が3人もいるため、エメリ監督お得意の4-2-3-1ではなく2トップでスタートする可能性が高い。
久保はその4-4-2採用時に左サイドハーフの位置が適任だろう。カソルラが昨季まで務めていたポジションで、自由度も高く実質的には4-2-3-1と変わらないタスクになる。マジョルカ時代の久保と比べた時には、確実に守備の負担が減り、彼の良さであるボール保持時のプレーとエリア近くからのアタックが増えるはずだ。
不安は1つだけ。大きな怪我さえなければ…
昨季のマジョルカであれだけ質の高いプレーを披露できている以上、ビジャレアルでの活躍、昨季以上の数字は保証されている。唯一の不安は怪我。大きな怪我さえなければ、開幕当初からビジャレアルの顔、中心として攻撃的なサッカーを牽引する久保の躍動が安定的に見られてもおかしくない。
最後に、久保にとってビジャレアルという選択はピッチ外の視点からも正解だ。小さい街ゆえにプレッシャーは少なく、落ち着いた生活ができる環境が整っている。日本では常に過剰報道されるスター選手となっているが、ビジャレアルでは普通に街を歩けるだろうし、街中で過度にファンサービスを求められるような心配もない。
ファミリー経営のクラブゆえに職員の顔も全て見える透明性の高い労働環境で、長年ラ・リーガを取材してきた筆者から見ても広報部門がとにかく優秀。日本から取材のオファーが殺到すると思うが、上手く選別をして久保がプレーに集中できる環境を整えてくれるはず。
ピッチ内外でまさに「理想のクラブ」を選び、9月中旬から開幕するラ・リーガ2年目に挑む久保は、野心的なプロジェクトを推し進めるビジャレアルと共に大きな飛躍を遂げてくれるだろう。
文・小澤一郎
1977年生まれ、京都府出身。サッカージャーナリスト。社会人経験を経て2004年にスペインに移住。バレンシア在住歴5年、スペインでは育成年代の指導者経験もあり。現在は、DAZNでラ・リーガ中継の解説も務める。(株)アレナトーレ所属。
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