凋落を物語るエピソードだった──。
現地時間6月6日、アーセナルはMFエミリアーノ・ブエンディアを取り逃がした。今夏のトップターゲットといわれ、ノリッジとの交渉も順調に進んでいたが、アストンヴィラが出来高を含めた4000万ポンド(約60億円)を提示。経済的に3000万ポンド(約45億円)が上限だったアーセナルはまったく抗えず、交渉のテーブルからそそくさと降りたという。
マンチェスターの両巨頭やチェルシーと競合して敗れたわけではない。クラブの規模でアーセナルを下回るアストンヴィラに後れを取ったのだ。数年前までなら考えられなかった。アーセナルのファイナンシャル・パワーは低下している。移籍市場にも、少なからぬ影響を及ぼすに違いない。
レスターのMFジェイムズ・マディソンに興味津々、とも伝えられているが、彼の市場価格は推定6000万ポンド(約90億円)だ。また、DFベン・ホワイトの譲渡を求め、ブライトンに提示した4500万ポンド(約67億5000万円)のオファーは「低すぎる」と断られている。
もはや世界のブランドではない
ヨーロッパのコンペティションに参加する資格を25年ぶりに失ったため、アーセナルの強化プランに狂いが生じている。もはや世界のブランドではない。
ブエンディアはアストンヴィラを選んだ。ヨーロッパリーグ(EL)に参加できるレスターのマディソンが、イングランド限定のアーセナルに興味を示すだろうか。ホワイトのもとにはよりよい条件がいくつかのビッグクラブから提示される公算が大きく、レアル・マドリードからのコンタクトが噂に上りはじめた。
また、新シーズンの大会がイングランド国内に限られるということは、スカッドの縮小を余儀なくされる。すでにダヴィ・ルイスが去り、エクトル・ベジェリンの退団も濃厚だ。妥当なオファーが届けば、さらにウィリアム・サリバ、セアド・コラシナツ、マテオ・ゲンドゥージ、ルーカス・トレイラもローンの再延長ではなく、放出する見込みだ。
そしてウィリアンとアレクサンデル・ラカゼットにも厳しい措置がとられるとみられ、グラニト・ジャカはローマへの移籍を検討している。ミケル・アルテタ監督は「来シーズンのトップチームは20名前後で」と、大幅カットを認めていた。
こうした状況では優勝争いできない。トップ4返り咲きも至難の業だ。人員のカットで経費は削減できるものの、強力な陣容を誇るかつてのライバルと伍す力を、2021-22シーズンのアーセナルが整えるのは100%無理だ。
ただ、エミール・スミス・ロウ、ニコラ・ペペ、カブリエウ・マルティネッリ、キーラン・ティアニー、ガブリエウ、ブカヨ・サカなど、アーセナルは他チームが羨むほどの若手を抱えている。
したがって、彼らを軸に据え再建に着手するのが、復活への近道だ。1年目はEL出場権獲得と国内カップ戦の優勝、2年目はトップ4返り咲き、3年目に最終盤まで優勝を争い、4年目に覇権奪還。順序立てて強化すべきだ。
名門復活に必要な人材は豊富
前記の6名はだれもが認める明日のスター候補生。土台創りのためのタレントが十分すぎるほど揃っている現状は、最強のアドバンテージといって差し支えない。
さて、この強みを活かすのか、宝の持ち腐れに終わるのか、すべてはアルテタ監督次第である。
「好不調の差が激しく、明確なゲームプランが見えてこない」
20-21シーズンの彼はこう評価された。多くの若手は及第点だったが、彼らをリードするはずの中堅、ベテランが揃って不発。アルテタの思うようには事が運ばなかった。
しかし、21-22シーズンに向け、中堅、ベテランが整理の対象になっている。嫌でも若手主体に切り替えざるを得ない状況だ。アルテタにとっては好都合であり、ヨーロッパの大会に出場できない事実が、チーム運営とゲームプランにプラスとなる可能性も出てきた。
あとはマディソンやホワイトなど、競合が多い選手を避け、身の丈に合った金額のGK、右サイドバックを獲得しなければならない。
カメルーン代表GKアンドレ・オナナ(アヤックス)との交渉が順調に進んでいるという。トルコ代表としてEURO2020に参戦したゼキ・チェリク(リール)は、アルテタが獲得を熱望する右サイドバックだ。両選手とも推定市場価格は2300万ポンド(約34億5000万円)。用意できる金額だ。
シティをはじめとする強豪との差が広がり、2シーズン連続でレスターの後塵を拝している。トッテナムにも5シーズン連続で上から目線を許し、経済力でアストンヴィラに敗れるとは、アーセナルに昔日の面影はない。
しかし、スター候補生は前述したとおりだ。名門復活に必要な人材は豊富に有している。あとはアルテタがどのようにデザインしていくか……。
夜明け前がいちばん暗い。
文・粕谷秀樹
1994年、日本スポーツ企画出版社刊の『ワールドサッカーダイジェスト』編集長に就任。その後、同社の編集局次長を務め、01年に独立。以降、プレミアリーグやチャンピオンズリーグ、情報番組、さらに月平均15本のコラムでも、エッジの利いた発信を続ける。東京・下北沢生まれ。
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