ミランがこれほどの復活を遂げるとは
イタリアメディアには年末恒例の人気企画があります。1シーズンでなく、年間をひと括りで考える年間ベストのセレクト企画です。
1年の区切りというこのタイミングで、私も2020年のセリエAで最も際立っていたチーム、監督、選手などを選出したいと思います。
ベストチームは間違いなくミランです。異論を挟む人もあまりいないはず。
ミランは昨シーズン終盤に好成績を残し、その勢いを今シーズンも持続させています。14節終了現在、首位をキープ。年間で見ても、最も勝ち点を稼いだチームがミランです。
その数は実に「79」。2位インテルに6ポイント、2019-2020シーズンにリーグ9連覇を達成したユヴェントスに11ポイント差をつけての最多でした。
残念ながら、この数字はタイトルとは無縁。それでも1シーズンと同じスパンで稼いだ勝ち点だけに、ミランが継続的に結果を出し続けている確かな裏付けにはなるでしょう。
1年前のこの時期に、ミランがこれほどの復活を遂げると予想した人はどれだけいたでしょうか。
今から約1年前の2019年12月22日。ミランはアウェーでアタランタと対戦し、0-5で大敗しました。
上位争いを演じるアタランタが相手だったとはいえ、ミランのような名門がこれほどの失態を演じることは許されません。
あの時点で、ステファノ・ピオリ率いるミランはまさに死に体でした。
イタリアメディアでは、ピオリ解任が既成事実かのようにも扱われていましたね。後任候補の具体名も報じられていました。ドイツ人のラルフ・ラングニックです。
ラングニックは以前、シャルケやライプツィヒなどで指揮を執っていた人物。当時のメディアによれば、ミランはその彼を全権監督に据え、チーム再建を託すというプランでした。
あとから聞いた話ですが、0-5の敗戦後、あるミラン上層部がわざとラングニックの名前をメディアに流出させたようです。
狙いはもちろんサポーターの怒りの矛先をかわすため。実際、ラングニックの名前が世に出回ってからというもの、世間の注目はほぼこのドイツ人に向けられることになりました。
チームにとっては逆にそれが発奮材料となったのでしょう。逆襲もそこからでした。
年が明け、ズラタン・イブラヒモヴィッチが2011-12シーズン以来となる復帰。それも追い風となりました。
イブラヒモヴィッチの加入でチームの雰囲気はガラッと変わりましたね。彼がチームにもたらした効果は計り知れません。
ただ、テクニカルディレクターを務めるパオロ・マルディーニの存在も決して見逃せませんよ。
現役時代のパオロは、みなさんも良くご存じだと思います。あえて触れる必要もないでしょう。
ミランの監督時代にパオロを指導した私も、彼の偉大さは分かっているつもりです。
ロッカールームをまとめることにおいて、彼の右に出る選手はいませんでした。決して言葉数の多い性格ではありせんが、すべてにおいて見本になる一流の中の一流。カリスマ性にも溢れたスターでした。
私がミランの監督を務めた最初の1998-99シーズンにリーグ優勝を果たしましたが、もし彼がいなかったら、同様の結果を残せていたかは分かりません。
私にとってパオロはそれくらい重要な存在でした。
そんな彼がフロント入りした現状、どのような役割を担っているかは正直、分かりません。ただ確信を持って言えるのは、パオロは間違いなく今でもミランの模範。
毎日、ミラネッロ(クラブハウス)に足を運び、選手たちのトレーニングを見守っている姿が目に浮かびます。彼の存在もイブラヒモヴィッチ同様、チーム復活へ大きな役割を果たしたことでしょう。
小クラブでミラクルを起こしたガスペリーニ
続いて2020年の年間ベスト監督を選びましょう。
ベストチームがミランですから、ベスト監督もピオリです。誰よりも結果を残した指揮官ですから、それも当然。
ただ、アタランタを上位へと押し上げたジャンピエロ・ガスペリーニの存在も無視できません。
ピオリはミランで奇跡を、ガスペリーニはアタランタでミラクルを起こしました。
ミランはそれまで低迷していたとはいえ、曲がりなりにも名門。一方、アタランタは田舎のスモールクラブです。名門とのポテンシャルの違いは言うまでもないでしょう。
その小クラブが2020年に稼いだ勝ち点は「69」。王者ユヴェントスより1ポイント多く、ミラン、インテルに次いでの3位ですから、まさに偉業と言えます。
アタランタでは最近、そのガスペリーニと、10番を背負う主将のMFアレハンドロ・ゴメスの確執が表面化しました。
原因など詳しいことは分かりません。ただ、ゴメスが最近の試合でメンバー外となっていることからも、アントニオ・ペルカッシ会長がゴメスではなく、ガスペリーニに肩入れしているのは明白です。
アタランタがガスペリーニを何より大切している証拠といえます。
ということで、2020年のベスト監督はピオリとガスペリーニの2人を選出します。
次はサプライズチーム。これはイヴァン・ユリッチ監督率いるエラス・ヴェローナに冠を。
アタランタにも同じことが言えますが、ヴェローナはあらゆる対戦相手にとって本当に戦いにくい嫌なチーム。
ユリッチは以前、ジェノアのヘッドコーチを務めていました。当時の監督だったガズペリーニにインスパイアされたのは間違いなく、実際に共通点が多いです。
なにしろアタランタとヴェローナが展開するサッカーはまったく同じ系統。
イタリアでは4-4-2、または4-3-3システムを採用するチームがほとんど。その中で、両チームは他と一線を画す3-4-3を採用しています。
珍しいスタイルのチームと相対すると、そのチームは必ずと言って良いほど苦戦する傾向がイタリアにはあります。
ヴェローナとアタランタがどんなチームが相手でも接戦を演じられるのは、まさにそのことが要因。相手チームにとっては、通常の対戦での対策では太刀打ちできないのです。
私ならイブラヒモヴィッチを獲得しなかった
最後に2020年のベストプレーヤーを選びましょう
最も違いを見せたという点で、やはりミランのイブラヒモビッチでしょう。
彼はこれまでのキャリアでも、常に違いを見せつけてきた選手。それを39歳になった今も続けられるのは、努力の賜物以外のなにものでもありません。
ただ、私がミランのフロント、あるいは監督だったら、彼を獲得していなかったでしょう。
獲得がミスだったとまでは言いません。あくまでも個人的な意見ですが、彼を獲得したことで、ミランは抱えている問題を先送りにしているとしか思えないからです。
現在、セリエAは無観客で試合が開催されています。
私はミランの監督を務めた経験がありますから、ホームのサン・シーロ(スタディオ・ジュゼッペ・メアッツァ)がどれだけチームにプレッシャーを与えるスタジアムであるかを重々心得ています。
コロナ禍が終息し、サン・シーロにサポーターが戻ってきたとき、選手たちがその重圧に耐えられるか……。フタを開けてみないと分かりませんね。
今のミランはイブラヒモヴィッチ、フロントで言えばマルディーニがまさに生命線。
39歳の選手にチームのすべてを託すというのは、あまりにもリスキーです。私からすれば、クラブは現状をとりあえずこなすことに精一杯で、将来に目を向けられていません。
イブラヒモヴィッチがミランにもたらした功績は議論の余地がありませんが、彼がチームを去った後、どうなるのか。
今後その推移をじっくりと見守る必要があると思います。
インタビュー:アルベルト・コスタ
翻訳・構成:垣内一之
訳者プロフィール/1998年にイタリアに移住し、約8年間、中田英寿、中村俊輔、柳沢敦ら日本人選手を中心にセリエAを取材。2006年のドイツ・ワールドカップ後に帰国し、現在は日本代表、Jリーグを中心に取材を続けている。
セリエA 関連記事
アルベルト・ザッケローニのセリエA探究
- 第1回 優勝争いは例年以上に白熱する
- 第2回 ユヴェントスは作業中の建設現場のような状態
- 第3回 麻也にはこれからもエレガントなプレーを続けてもらいたい
- 第4回 教え子ジェンナーロ・ガットゥーゾ率いる「ナポリは優勝候補」
- 第5回 パウロ・フォンセカ監督のローマを徹底分析
- 第6回 ジェノアとフィオレンティーナで起きた監督交代劇の真相
カルチョS級講座
- 第1回 ファビオ・カペッロのミラノダービー展望
- 第2回 チェーザレ・プランデッリのイタリア人育成論
- 第3回 ロベルト・ドナドーニが選ぶ今季のサプライズチーム
- 第4回 ジュゼッペ・ベルゴミのCB考察「冨安健洋はまさに私好み」
- 第5回 ジョヴァンニ・ガッリが追憶するマラドーナとの日々
- 第6回 ディノ・ゾフの現代ゴールキーパー論
DAZNについて
DAZNなら好きなスポーツをいつでも、どこでもライブ中継&見逃し配信!今すぐ下の記事をチェックしよう。