イングランド社会が訝し気な視線を
現地時間10月7日、サウジアラビアの公共投資基金『パブリック・インヴェスト・ファンド』(PIF)を中心とする共同事業体が、ニューカッスルを3億ポンド(約450億円)で買い取った。
売るのか売らないのか、買収の話が出るたびに朝令暮改を繰り返してきたマイク・アシュリー前オーナーが去ったため、ニューカッスルのサポーターは大喜びだ。
しかし、問題山積である。共同オーナーのひとりで、今回の買収にも尽力したアマンダ・ステイブリー(英国の金融実業家)も次のように認めた。
「最初に着手すべきはトレーニングセンターの改修だ。インフラの整備を急がなくてはならない。あまりにもお粗末だ」
ニューカッスルのトレーニングセンターは貧弱だ。選手がリハビリ、もしくは練習後にクールダウンする際、地元のスポーツセンターにあるプールを借用したという笑えない事実まで発覚している。
選手はもちろん、プレミアリーグの上層部、さらに『テレグラフ』や『タイムズ』といった大手メディアも改修を促してきたが、アシュリー前オーナーはインフラの整備に投資を惜しんだ。
ニューカッスルが提示する高年俸に、ネイマールが興味を持ったとしよう。トレーニングセンターを訪れた瞬間、顔色を変えるはずだ。
「な、なんてこった」
PIFがスター選手を欲しているのなら、内部の充実を急ぐべきだ。ステイブリーの指摘は的を射ている。なお、彼女はトレーニング施設の改修費として、2億5000万ポンド(約375億円)を投下するプランを明らかにした。
著作権の侵害や人種差別など、PIFはなにかとトラブルが多い。サウジアラビアの皇太子でもあるムハンマド・ビン・サルマン会長は、殺人事件に深く関与したとさえ伝えられている。
当然、イングランド社会が訝し気な視線を投げつける。ニューカッスルを除くプレミアリーグ19クラブも、買収のプロセスをひた隠しにする怪しいオーナーグループに不快感を隠していない。
ターゲットはベイルやラムジー
かつて、マンチェスター・シティも同様の立場に追い込まれた。
07年にシティを買収したタイ人のタクシン・チナワットに、不正献金やクメール・ルージュ(カンボジア大虐殺などを引き起こした組織)の中心人物との疑いが生じていたからだ。その後、タクシンは捜査当局によって資産を凍結され、わずか1年でシティを放り出している。
全オーナーの身辺がクリアなわけではない。ただ、PIFは疑惑の濃度がエグすぎて、“ダークサイド” との関係も取りざたされている。血生臭い事件に関与していなければいいのだが……。
こうした状況を踏まえると、来年1月の移籍市場でも大型補強は難しい。1億9000万ポンド(約285億円)もの巨額を投入する予定とはいえ、サポーターが期待するビッグネームの獲得は至難の業だ。
しかし、所属クラブで冷や飯を食わされている男たちは、出場機会を求めてニューカッスルにやって来るかもしれない。
例えば、マンチェスター・ユナイテッドのアントニー・マルシャル。なに、マルシャルを引き取ってくれるのか!? サルマン会長、どうぞどうぞ。
同じユナイテッドのドニー・ファン・デ・ベークも決断するかもしれない。「私のリストに含まれている」と繰り返しながら、オーレ・グンナー・スールシャール監督はチャンスすら与えていない。ファン・デ・ベークの我慢も限界だ。
また、トッテナムのハリー・ウィンクス、ユヴェントスのアーロン・ラムジー、レアル・マドリードのギャレス・ベイル、バルセロナのクレマンン・ラングレなどが、ニューカッスルのターゲットと伝えられている。だれもが認める実力者たちだ。環境の変化に伴い、復調する公算は決して小さくない。
「スティーヴ・ブルース監督は解任濃厚」
メディアの見方は一致している。
新生のイメージに似つかわしくない。頼みの綱はアラン・サン=マクシマンのトリッキーで強引なドリブル。退屈すぎて、あくびすることすらはばかられる超消極的なゲームプランは、サポーターの顰蹙を買いまくっている。
新監督の第一希望はロジャーズだが
やはり、監督人事が最重要課題だ。
遅かれ早かれ、ブルースのクビは飛ぶ。「違約金800万ポンド(約12億円)で合意」との情報も入手した。本人も腹を据えたようで、「オーナーが代わったのだから、何が起きても不思議ではない」と語っている。
しかし、現在のニューカッスルに在野の一流どころが興味を示すとは考えにくい。アントニオ・コンテもジネディーヌ・ジダンも、より上位のクラブで監督のポストに空きが生じるチャンスをうかがっている。
実績のあるエルネスト・バルベルデやヨアヒム・レーヴが、イメージがよろしくないPIFのオファーに飛びつくリスクを冒すだろうか。
また、サルマン会長の第一希望と噂されるブレンダン・ロジャーズは、レスターを離れる可能性がまったくない。彼は現職を気に入っており、クラブにはスポーツ科学に基づく豪華なトレーニング施設が完成したばかりだ。
スティーヴ・マクラーレン、ジョン・カーヴァー、アラン・パーデュー、サム・アラダイス……。サー・ボビー・ロブソン(故人)とケヴィン・キーガンを除き、ニューカッスルの監督人事は失敗の連続だ。本稿執筆時点で有力候補に浮上したリュシアン・ファーヴルとフランク・ランパードは、力不足が否めない。
総資産は3200億ポンド(約48兆円)!! シティを所有する『アブダビ・ユナイテッド・グループ』の14倍もの財力を誇るPIFが、袋小路に追い込まれた。職にあぶれている監督経験者を、焦ってつかむことだけは避けたいものの、新生のイメージにふさわしい指揮官を探し当てる作業は実にハードだ。
人々の関心がダークサイドに偏ると、ありとあらゆる人事が停滞する。カネを持っていたとしても──。
文・ 粕谷秀樹
1994年、日本スポーツ企画出版社刊の『ワールドサッカーダイジェスト』編集長に就任。その後、同社の編集局次長を務め、01年に独立。以降、プレミアリーグやチャンピオンズリーグ、情報番組、さらに月平均15本のコラムでも、エッジの利いた発信を続ける。東京・下北沢生まれ。
配信情報
プレミアリーグ第8節
ニューカッスル対トッテナム
- 配信: DAZN
- 配信開始:日本時間10月18日(月)0:30
- 解説:渡邉一平 実況:下田恒幸
- 会場:セント・ジェームス・パーク
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