難しいことをしようとせず本当にシンプルにプレーする
かつての教え子がセリエAでプレーしている姿を見ると胸が熱くなりますね。
私が率いた日本代表でも不動のセンターバックとしてDFラインを支えてくれた吉田麻也(サンプドリア)のことです。
毎節、全チームの試合を90分フルで観るのは難しいですが、サンプドリアの試合は麻也がいるので欠かさずチェックしているくらいです。
良いパフォーマンスを見せてくれているので嬉しさもなおさらです。
1-1のドローに終わった今月1日のジェノアとの「ジェノバダービー」でも素晴らしいプレーを披露してくれました。
一対一のバトルもそうですし、ポジショニングひとつとっても、ビルドアップにしても、本当に申し分ない出来だったと思います。
麻也の良さは難しいことをしようとせず本当にシンプルにプレーするところ。
決してリスクを負うようなことはしません。
ダービーでも的確な判断で、ほとんどのハイボールを頭で跳ね返していました。
若い頃からベテランのように落ち着き払っていた
ジェノア攻撃陣も麻也の対応にはかなり手を焼いていましたね。
その証拠に、途中から麻也のいる右ではなく、逆の左サイドから攻略しようという相手の明らかな戦略変更が見て取れたほどです。
実際、同点に追いつかれた前半28分の失点は、その左サイドを崩されて喫したものでした。
パスを展開され起点を作られたのも左サイドなら、決定的な縦パスを通されたのもすべて左サイド。
最後は麻也とコンビを組む左のセンターバック、ロレンツォ・トネッリがマークを外され、イタリア代表U-21代表FWジャンルカ・スカマッカに決められました。
明らかに狙われての失点でしたね。
セリエAでも実力を認められつつある麻也も、気がつけばもう32歳なんですね…。先ほど年齢を確認してびっくりしました。
どうりでベテランの風格が漂っているわけです。
とはいえ、若い頃からその立ち振る舞いはベテランのように落ち着き払っていました。
私が麻也を初招集したのは、11年アジア杯カタール大会。確かまだ22歳だったと思います。
当時の日本代表ではそれこそ最年少だったのではないでしょうか。
ただ、そんな状況にも彼はまったく臆することはなかったです。目上の人にもしっかり自分の意見を述べることができました。
だからだったんでしょうね、遠藤(保仁)や長谷部(誠)といったベテラングループにもすんなり溶け込めたのは。最初から違和感はまったくありませんでした。
とにかく頭の良い選手。それは今も感じる
とにかく頭の良い選手。それは今、サンプドリアでのプレーを見ていても改めて感じます。
常に頭を使ってプレーしています。まさに頭脳派プレーヤーです。
頭脳派ですから、戦術理解度が高いのも当然でしょう。ポジション感覚にも優れ、味方へのサポート、カバーリングなども素晴らしい。
どこかのイタリアメディアが、往年の名リベロを引き合いに出し「フランツ・ベッケンバウアーのようだ」と評していました。
さすがにそれは言い過ぎだと思いましたが、そう書きたくなってしまうのも納得するほど、麻也のプレーはエレガントなんです。
独りよがりのプレーなどありえません。「自分の役割さえ果たしておけばそれで良い」といった類いの選手ではありませんからね。
味方が困っていれば、手を差し伸べる。チームが苦境に陥っていれば、必ず助け船を出す。それが麻也なんです。
例えば、ミッドフィルダーがゴールを背にボールを持っていたとします。麻也は自分に付いている相手FWのマークを外し、すぐさまサポートに入ることを怠りません。
センターバックでこういったプレーができる選手は、セリエAでも本当に限られています。
あとは何と言っても日本人離れしたあの体つきです。日本人で彼のような優れた体躯を持った選手も珍しい。
誰もがうらやむあの高さがなければ当然、センターバックとしての成功はなかったでしょう。
日本人は瞬発力などが優れている一方で、体格といったフィジカル面では欧州人と比べどうしても劣ります。
欧州で活躍している日本人選手にサイドバック、あるいはMFが多いことも、決してそのことと無関係ではないはずです。
それに比べ、麻也のあの恵まれた体格。大型FWと対峙しても決して吹っ飛ばされることはありませんね。
当然、フィジカル重視のプレミアリーグで鍛えられたことも大きかったのでしょう。
欧州でセンターバックとして成功を収めている日本人選手はおそらく麻也くらいではないでしょうか。
冨安が1年目からCBで起用されていたら…
そう言えば、セリエAにはボローニャにもうひとり冨安健洋という日本人センターバックがいますね。
体格は麻也と似ていますから、このまま順調に育てば彼も十分に期待できるのではないでしょうか。
セリエA1年目の昨シーズン、冨安は右サイドバックで起用されていました。
個人的には正しい判断だったと思います。
外国人のディフェンダーにとってセリエAは本当にタフなリーグ。人間をあざむくキツネのような、したたかなストライカーがたくさんいるからです。
冨安が1年目からセンターバックで起用されていたら、もしかしたら多くのキツネにつままれて潰されていたかもしれません。
1つのミスが致命的となるセンターバックとは違い、サイドバックならミスをしてもカバーしてくれるチームメイトが近くにいます。
1年目にサイドバックでセリエAの極意を学び、2年目に本職のセンターバックに〝コンバート〟。
冨安をじっくり育てたいというボローニャの〝親心〟を感じます。
セリエAで学んだことをぜひ日本サッカー界に
今年1月にプレミアリーグから加入した麻也も、セリエAでより多くの駆け引きを学べるのではないでしょうか。
プレミアがその点で決して劣っているわけでありません。
プレミアであっても、ゴール前でのエアバトルでは、肘を上げる反則まがいのプレーなどの駆け引きが多く見受けられます。
ただ、フィジカル勝負の側面が色濃いプレミアに比べ、セリエAはより戦術的で、ゴール前での駆け引きも多種多様です。
それこそマリーシア(ずる賢い)という点では他のどのリーグにも劣りません。
日本代表監督時代、私は日本人選手にマリーシアが足りないと訴え続けてきました。
決して非紳士的なプレーを求めているわけではありません。
ときには相手の油断や混乱に乗じた意外性のあるプレーだったり、失点しないために警告覚悟のテクニカルファウルだったりも必要となるんです。
戦術面に加え、麻也にはそういった駆け引きなどセリエAで学んだことをぜひ日本サッカー界に還元してもらいたいですね。
そろそろゴールにも期待したいところ。
あれだけボールの落下点を予測することに長けた麻也が、セリエAで20試合近くこなした中、まだゴールがないのが不思議なくらいです。
麻也にはこれからもエレガントなプレーを続けてもらいたいです。ゴールも遅かれ早かれ決めるでしょう。
日本サッカー界のお手本のような選手ですから、ぜひ頑張ってもらいたいですね。
インタビュー:アルベルト・コスタ
翻訳・構成:垣内一之
訳者プロフィール/1998年にイタリアに移住し、約8年間、中田英寿、中村俊輔、柳沢敦ら日本人選手を中心にセリエAを取材。2006年のドイツ・ワールドカップ後に帰国し、現在は日本代表、Jリーグを中心に取材を続けている。
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