スペイン首都の外れにある町バジェカスで、労働者階級によって支えられるラージョ・バジェカーノは、今やスーパーリーグや寡頭政治に対するアンチテーゼだ。彼らは絶対的に美しいスタイルでもって、持たざる者たちが持つべき権利の象徴となった。ラージョのプレーを見ることは、頭と心を通わせた人々が奮起する瞬間を目にすることと同義であり、まさに眼福となる。アンドニ・イラオラの戦術的信念と選手たちの確かな遂行能力は、ラージョを大袈裟でも何でもなく、世界でも称賛されるべき存在に変えてしまったのだった。
このラージョの創生者は、間違いなくイラオラである。アトレティック・クラブのレジェンドは指導者として、選手時代にも劣らないか、もしくはそれ以上の名声をつかもうとしている。イラオラが指導者として頭角を現したのはラ・リーガ2部所属のミランデスで、2019-20シーズンのコパ・デル・レイで準決勝まで進出。そして昨季から率いるラージョで1部昇格を達成すると、今季には残留ではなく欧州カップ出場権を争い、ここでもクラブ史上初となるコパのベスト4に到達している。
イラオラの監督としての特徴には、緻密な相手チーム分析、そこから組み立てる大胆なゲームプラン、そのプランを選手たちに実行させられる力、が挙げられる。そして、それらの特徴からはアトレティックの伝統的スタイルと、彼が選手時代に同チームを率いたマルセロ・ビエルサの影響が色濃く感じられる。今のラージョではビエルサのチームよろしく、攻撃的で、縦への意識強く、あらゆる局面で死ぬ気の努力が求められる。イラオラは、フットボール界に現れたもう一人の“ロコ(狂人、ビエルサ監督の愛称)”、というわけだ。
ラージョが注目を集めている最たる理由は、魅力的なフットボールを提案しているからにほかならない。彼らは縦に速く、深みを取れ、オープンスペースでめっぽう強い。世界中で模範となるべきトランジションを行うほか、そこから獲得するセットプレーの動きも緻密だ。加えて、ボールを失えばすぐさまそれを取り戻そうとして、常に相手陣地でゲームを進めることを目指す。以上のことを実行するために必要不可欠なインテンシティー、勇敢さ、チームとしての団結力は有り余るほどである。
イラオラが確立したオートマティスム
ラージョはピッチ上のどこでプレーしていようとも、いつだって明確なオートマティスムを有する。自分たちが何をしたいのか、どうやって相手に打撃を与えたいのかを各選手が理解し、そのための動きを血肉と化している。イラオラが基本的に使用しているシステムは1-4-2-3-1で、試合状況によっては1-4-3-3に変化。攻撃時にチーム全体で意識しているのは、ボールを可能な限り早く敵陣、もっと言えばゴールまで運ぶこととなる。
イラオラは後方からボールをつなぐことに執着しない。求めるのは相手のラインを破るパスとサイド突破であり、前線にロングボールを送ることも厭わない。つまるところ、彼らは攻撃のために踏むべき各プロセスについて「飛ばせるならば飛ばせるに越したことはない」と考えているのだ。
ラージョのサイド攻撃は、まさに突風である。サイドバックのバジウとフラン・ガルシア、サイドハーフのイシとアルバロ・ガルシアは止まらず、止めらない。彼らサイドバック&サイドハーフのコンビ×2は完全に理解し合い、ポジショニングがかぶることはまずない。4人全員がボールを運ぶ能力に長けており、それだけでなくサイドで深みを取る術もクロスを送るタイミングも熟知している。イシとアルバロ・ガルシアはできるだけワイドに開いて、後方からバジウとフラン・ガルシアが全速力で、中か外に空いたスペースへ駆け抜けていく。
そして、この猛烈なサイド攻撃を含め、ピッチ上のすべての攻撃を司るのがオスカル・トレホだ。トップ下を定位置とするアルゼンチン人MFは、フットボールの原理や仕組みを理解し、なおかつ、その仕組みを確かな技術とタイミングで操れる世界でも数少ない選手である。2ボランチ(オスカル・バレンティン&コメサニャ)の近くまで下がったり、サイド(左右どちらとも)に開いたり、DFとMFのライン間に入り込んだり……と、その時々で適切なポジションを取る、どこにでもはまる歯車たるトレホの存在によってラージョの攻撃は成り立っている。
“エル・ティグレ(虎)”ファルカオ
ラージョの前線には、そうした攻撃のフィニッシュフェーズを請け負うストライカーたちがいる。イラオラは最近、セルジ・グアルディオラをレギュラーとして起用しているが、ランディ・エンテカ、そしてラダメル・ファルカオにもちゃんと居場所はある。グアルディオラは誰よりもスペースの使い方がうまく、エンテカは攻撃のサポート役もこなせ、ファルカオはラージョのみならず世界の誰よりもペナルティーエリアを支配するストライカーだ。
ファルカオは、ただの客寄せタイガーというわけではない。そのフットボール的有効性と効果性は、いまだ疑いの余地がないレベルにある。確かにフィジカルコンディションが整わない問題はあるものの、1試合分の出場時間で1ゴールを決めており、チャンスを手にすれば絶対に決めてしまうという感覚を覚えさせる。彼にとってイラオラが志向する速いトランジションとサイド攻撃はぴったりとはまる指輪である。ゴール前、まさに虎のような狡猾ながら迫力ある動きと、すべてが十八番のようなバラエティーに富んだシュートパターンこそファルカオの売りだが、ラージョとの相性はすこぶるいい。
竜巻の守備の後に、稲妻の速攻
迅速に攻撃を仕掛けて、最短距離で相手ゴールにたどり着く……。そのためには自分たちがボールを持っていないとき、何よりボールを失った直後に組織的なプレッシングが必要となる。もちろん、イラオラは守備面のオートマティスムも入念に仕込んでおり、そこでもビエルサを彷彿とさせる。
ボールを奪われれば、すぐさまボール保持者の急追を開始。リスクも孕むマンマーク守備が実行に移されるが、守備ブロックが分裂することはなく、一つにまとまっている。両センターバック(エステバン・サベリビッチ&アレハンドロ・カテナ)と2ボランチ(オスカル・バレンティン&サンティ・コメサニャ)が中央のレーンを塞いで、さらに両サイドバックがサイドの逃げ道をなくして……と、各々が全体の構造とそれぞれの役割を理解しているために守備バランスが大崩れすることはない。
竜巻のような守備でボールを奪い返すラージョは、そこからうまくいけば2〜3回のボールタッチでトランジションを終える、選手たちがパターンを完全に記憶した稲妻の如き速攻を仕掛けるのだ。ストライカーがサイドに流れたり空中戦を競り合ったりすれば、どちらかのサイドアタッカーが内に切れ込む。サイドアタッカーが中央に絞っていれば、サイドバックが空いているペースにすぐさま入り込む。どこかがどこかに動けば、それに応じて違うどこかも作用する。その動きはとてもスムーズで、見ていて気持ちが良くなってくる。
もちろん、その流れるようなプレーの中では、トレホをはじめとした個々人の才能も光っている。どれだけシステムが機能していても選手たちに力がなければ、やはり理想のパフォーマンスを現実のものにはできないのだ。加えて、彼らの本拠地バジェカスにも言及しておかなくてはならない。ほかのスタジアムと比べてずいぶんと狭いピッチは、スペースを埋めることやプレスを仕掛けること、トランジションで優位に働く(ピッチサイズに合わせたプレーを設計できるのはホームチームの利点である)。バジェカスでの今季公式戦(ラ・リーガ&コパ)成績は、9勝2分け1敗21得点5失点と圧倒的だ。
さて、これがラージョ・バジェカーノ、世界中から敬意を表されるべきチームである。月並みではあるが、見逃す手はないはずだ。あなたがフットボールを愛しているならば目にしておく必要があるし、後悔することはないだろう。
文=ハビ・シジェス(Javi Silles)/スペイン紙『as』試合分析担当
翻訳=江間慎一郎
1983年生まれ。東京出身。携帯サッカーサイトの編集職を務めた後にフリーのサッカージャーナリスト・翻訳家となり、スペインのマドリードを拠点に活動する。 寄稿する媒体は「GOAL」「フットボール批評」「フットボールチャンネル」「スポニチ」「Number」など。文学的アプローチを特徴とする独創性が際立つ記事を執筆、翻訳している。
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