アトレティコ・マドリードとレアル・マドリードのダービーは、スペイン首都にとって財産の一つだ。
プラド美術館、マドリー王宮、スペインを代表するビールブランドのマオウ、美味そのものの地元料理と並び、住民が誇る大切なフットボールの試合なのである。両チームがどのような状態で試合を迎えるかは、さして重要ではない。
マドリー会長のフロレンティーノ・ペレスを含めて、マドリード市民の多くの世代がこのダービーをバルセロナ戦よりも特別な一戦として扱ってきた。マドリーとバルセロナのライバル関係が世界的に普及する前、スペイン首都には“私のマドリー”と“私のアトレティ”の直接対決以上に大切な試合など存在しなかったのだ。
レティーロ、チャマルティン、バジェカス、旧メトロポリターノ、サンティアゴ・ベルナベウ、ビセンテ・カルデロン……
多くの場所で繰り広げられてきたこのダービーは、彼らにとってフットボールのすべてだったし、今なお、そう考えている人も少なくない。バルに行けばマドリーのサポーターはアトレティのサポーターに、アトレティのサポーターはマドリーのサポーターに出くわすのだから。
しかしながら、今回のダービーはいつにも増して特別な、両サポーターにとってアドレナリンが出るような雰囲気を醸し出す。
マドリーにとっては今季ラ・リーガで生きるか死ぬかが決まり、アトレティコにとってはマドリーの息の根を止め、優勝への道を一気に開くことができる。試合後、感じる喜びも悲しみも、いつものダービーよりも大きくなる。
この切迫感は40年ぶり
マドリーがここまで切迫した状況でダービーを迎えるのは久しぶりだ。
ラ・リーガ逆転優勝へのパスポートは、おそらく勝利すること以外に獲得する術がない。確かに彼らは、シーズン前半戦のダービーも難しい状況で迎えていた。
キエフでシャフタール・ドネツクに敗れてチャンピオンズリーグ・グループステージ突破が困難なものとなり、ラ・リーガでも何度もつまずいて、ダービー勝利で士気を回復しなければならなかった。
が、あのダービーはまだ12月の段階で行われており、まだまだ先は長かった。
もし今回のダービーで敗れれば、マドリーはアトレティコに勝ち点8差をつけられることになり、アトレティコがその直後に行われる延期分アトレティック・クラブ戦に勝利するならば、その差は11まで広がってしまう。それから獲得し得る勝ち点は、36しか存在しない。
これほどまでドラマティックなダービーは1980-81シーズン、最終節の直前に激突した以来となる。
勝利で獲得できる勝ち点が2だったあの時代、アトレティコはシーズン終了まで7試合というところで独走態勢に入り、バルセロナに勝ち点4差、レアル・ソシエダに6差、そしてレアル・マドリーに8差(!)をつけていた。
だが、最後の7試合で手にできる勝ち点14の内、実際に獲得したのはたった2のみ。4月19日に行われたベルナベウでのダービーに0-2で敗れた時点でもはや優勝の望みは絶たれ、ラ・レアル(レアル・ソシエダの愛称)の戴冠を許した。
マドリーを蝕む異常事態
そして現在、水位が首のところまで上がっている状態にあるのはアトレティコではなく、マドリーの方である。
前節ラ・レアル戦(1-1)で勝ち点3を獲得して入れば、アトレティコの方が1試合未消化とはいえ、ダービー勝利により暫定的に首位に立つことができた。だが公式戦5連勝の後にラ・レアル戦と引き分け、またも状況は一変している。
今季の彼らは綱渡りのスペシャリストで、カンプ・ノウでのクラシコ、アウェーでのセビージャ戦、前半戦のダービーと、ジダンの解任が噂される状況でことごとく勝利を収め、一度も落下することがなかった。が、バランスが何度も崩れそうになったことも、また事実なのだ。
今季、マドリーが抱える問題は、クリスティアーノ・ロナウド退団後に陥る慢性的な得点力不足、そして負傷者の続出である。
2011-12シーズンに1試合平均3点という脅威的な得点率を記録したマドリーだが、C・ロナウドが去るとそれが2点を下回るようになった。2018-19シーズンが1.89点、2019-20シーズンが1.94点、そして今季は34試合57得点で1.68点と、かつてないほどゴールを決めることに苦労している。
チャンピオンズリーグで生き残る16チームの中で、彼らよりも得点率が少ないのはラツィオ(33試合54得点で1試合平均1.64得点)とセビージャ(38試合58得点で1.53得点)のみである。
今回のダービーでは、内転筋を痛めていたFWカリム・ベンゼマが間に合うかどうかというところ(編集部注:ベンゼマは7日に帯同メンバー入りが発表されている)で、マリアーノ・ディアスは最後の負傷者として欠場が確定。昨季ベンゼマに次ぐ得点数を記録していたセルヒオ・ラモス、そして決定力改善の鍵になると見られていたエデン・アザールもまだ負傷離脱中だ。
この相次ぐ負傷者こそが、今季のマドリーを蝕むもう一つの病巣である。トップチームの40%が負傷離脱して、ベンチに座るほとんどがBチームの選手になるなど、まさに異常事態だ。
新型コロナの影響でプレシーズンをろくにこなせなかったことは、マドリーにとって完璧な言い訳になるかもしれない。が、このクラブが引き分け以下の結果を収めるときには、どんな言い訳も通用しない。サポーターにとってマドリーの敗戦は世界の終わりであり、それがダービーであれば、なおのことである。
劇的な逆転劇こそマドリディスモ
だがしかし、ジダン率いるマドリーがまだ死に絶えていないこと、サイクルの終焉を宣言していないことも、また確かだろう。
ジダン・マドリーの黄金期を支えた中盤のカセミロ、トニ・クロース、ルカ・モドリッチは今季もその黄金の輝きを保っており、チームは土台から崩れているわけではない。また7〜9人の負傷者が出ながらもラ・レアル戦まで5勝1分けという成績を収めたのは、メンタルの強さチームとしての生命力を感じさせる。
もちろんジダンも彼の選手たちも、ダービーで勝たなければ、ここまでのサバイバルが何の意味も持ち得ないことを理解している。
ただ、綱渡りでまだ落ちていない彼らにとって、それは何も真新しいことではない。
最たる危機に陥るときに最高の返答を見せてきたのが今季のマドリーであり、それはマドリディスモの根幹とされる劇的な逆転劇を実現してきた不撓不屈の精神に通じるものがある。
ジダン・マドリーはもう一度、結束と精神力を軸にしたマルセイユ・ルーレットを見せられるのかどうか。
スペイン首都が高らかに誇るダービーで、彼らの生きる意思が試されることになる。
文=ミゲル・アンヘル・ララ(Miguel Angel Lara)/スペイン『マルカ』レアル・マドリー&スペイン代表番記者
訳= 江間慎一郎
1983年生まれ。東京出身。携帯サッカーサイトの編集職を務めた後にフリーのサッカージャーナリスト・翻訳家となり、スペインのマドリードを拠点に活動する。 寄稿する媒体は「GOAL」「フットボール批評」「フットボールチャンネル」「スポニチ」「Number」など。文学的アプローチを特徴とする独創性が際立つ記事を執筆、翻訳している。
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