■希代のプレーメーカーが抱く「632」への強いこだわり
日本サッカー界の「記録男」が新たな金字塔を打ち立てようとしている。
プロ23年目を迎えたガンバ大阪の遠藤保仁が、J1最多となる632試合出場に王手をかけている。40歳を迎えてなお、日本サッカー界のトップシーンを走り続ける鉄人を支えてきたのは名誉や記録への渇望ではない。
「数字は興味がないですね。引退してから振り返ればいい」
日本代表でも歴代最多の152試合のAマッチに出場し、昨年は日本人選手として初の公式戦1000試合出場を達成。Jリーグではベストイレブンに最も多く選出されるなど、様々な記録を作ってきた遠藤だが、「632」という数字には強いこだわりを見せていた。
まだ新型コロナウイルスがその猛威を振るう前。今年2月の開幕前に行ったインタビューの中で、遠藤が冗談めかして口にした言葉に、その本音が見え隠れした。
「こんな選手はなかなか出てこないと思うので、引退したら思い切り自慢すると思いますし、引退会見ではびっくりするぐらい自慢したい」
現在は横浜フリューゲルス時代の先輩でもある楢崎正剛氏と並ぶ631試合に出場してきたが、特筆すべきはその数字の濃密さである。GKだった楢崎氏と異なり、遠藤は運動量が欠かせない中盤が主戦場。そしてG大阪で2005年の初優勝に貢献して以来、クラブが手にしてきた全タイトルに主力として貢献しながら「631」という数字を積み上げてきた。
日本代表でも主力だった当時、本来であれば特別待遇が許されたはずの一戦でもピッチに立ち続けてきた背番号7。今はなき横浜フリューゲルスでプロデビューを飾った当時から、遠藤を支えてきたのはサッカーをプレーすることへのシンプルな喜びだ。
「目の前の試合に出たい。それだけです」
ルーキー当時から変わらないのはサッカーへの熱い思い。そして、「サッカーをしていて楽しいなと思えるプレーをしていきたい。その楽しさこそが、間違いなく僕がプロ選手である原動力」という言葉が、遠藤保仁という希代のプレーメーカーの変わらない信念だ。
■マイナーチェンジを施しながら歩んできた大記録への道程
一方で、走り続けてきた長きキャリアの中で、遠藤は自らにマイナーチェンジを施してきた。西野朗監督とともに悲願のクラブ初タイトルを手にした2005年当時、かつてブラジル留学も経験した遠藤ならではの言葉を聞いたことがある。
「ボールは汗をかかないのでね」
あくまでもボールを能動的に動かすことにこだわっていたはずの背番号7だったが、イビチャ・オシム氏が率いた当時の日本代表で走ることの重要性も学ぶのだ。かつてチームメイトとしてもプレーした現在の指揮官、宮本恒靖監督も言う。
「昔から上手さを持っていた選手だけど、いろいろな指導者やいろいろなスタイルのサッカーをするチームに入って、また新たなものを身につけて自分を磨いてきた。昔はそんなに走らなかったですけど、例えばオシムさんと出会って走るようになったりとかね」
今年2月の開幕戦では横浜F・マリノス相手にフル出場。スプリントの回数は決して多くはないが、Jリーグ史上初めて21年連続での開幕戦先発を果たした一戦で記録した走行距離11.6kmは、MF井手口陽介とMF小野瀬康介に次ぐチーム3位だった。一見するとのらりくらりと動いているように見える時もあるが、抜群の戦術眼を生かして、要所には必ず顔を出しているからこそ、40歳を迎えてなお、チーム上位の走行距離を保てるのである。
もっとも遠藤自身は単なる走力で若手らとのポジション争いを勝ち抜くつもりは毛頭ない。
「頭で考えてプレーすることを意識してここまでやってきたので、そこは誰にも負けない」。
Jリーグで自らの心と技を磨き上げてきた遠藤保仁がプロ生活の第一歩を踏み出したのがルーキーイヤーだった1998年の「横浜ダービー」。日本サッカー界の記録を塗り替え続けてきた鉄人は、4日に行われる「大阪ダービー」に出場すれば、大記録にたどり着く。
「リモートマッチになるのは仕方ないけど、試合ができる喜びを感じながらプレーしたい」
遠藤保仁とJリーグの二人三脚はこれからも続いていく。
文・下薗昌記
1971年生まれ。テレ・サンターナ率いる1982年のW杯スペイン大会でブラジルサッカーに傾倒。朝日新聞記者を経てブラジルに移住、永住権を取得する。南米各国で600試合を取材。2005年からガンバ大阪を取材する。「ラストピース」(KADOKAWA)が2016年のサッカー本大賞と読者賞に。近著は今年2月に上梓した「反骨心ーガンバ大阪の育成哲学」(三栄書房)がある。日テレジータスの「コパ・リベルタドーレス 」では南米サッカーの解説も担当する。
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