今季評価がうなぎ登りの若手監督、スペツィアのヴィンチェンツォ・イタリアーノ。彼をご存じでしょうか?
今回は新進気鋭のこの43歳について堀下げていきたいと思います。
まず彼が今率いるスペツィアというクラブの歴史、そしてチームの戦いぶりについて軽く触れておきましょう。
スペツィアと聞いても、あまりピンとこない方は多いのではないでしょうか。それもそのはず。創設115年にしてセリエAの舞台は今季が初めてです。
北西部リグーリア州の港町、スペツィアに本拠を置く典型的なプロビンチャ(地方の中小クラブ)です。
当然、資金力には限りがあります。ビッグクラブのように潤沢に、とはいきません。セリエA初昇格という要素も相まって、シーズン開幕前は誰もが苦戦を予想したものです。
しかし、予想は良い意味で外れました。26節を終え、6勝8分12敗で勝ち点26。20チーム中15位で残留圏内キープと大健闘を見せています。
2月にはクラブの保有権をアメリカ人投資家が買ったことでも話題を呼びましたね。
ピッチ上での最大のハイライトと言えば、2月13日ホームにミランを迎えた一戦でしょう。
結果は大方の予想に反してスペツィアが2-0で勝利。ミランはその頃、開幕当初からの好調を維持して首位を走っていましたから、この結果は大きなサプライズでした。
大きなジェスチャーで指示を
そしてそのミラン戦で評価を格段と上げ、一気に脚光を浴びる形となったのが、チームを統率する監督のイタリアーノです。
昨季からサッカー関係者の間で良い評判は流れていましたが、世間一般的にはノーマークの存在でした。
ベンチ前で常に動き回り、まるで自らがピッチでプレーしているかのように振る舞う彼は典型的なイタリア人指揮官。ゲーム中は終始テクニカルエリアに立ち、大きなジェスチャーで指示を送り続ける姿が印象的です。
その姿から想像するに、最大の特徴はチームを束ねる統率力でしょう。熱血漢として、各選手から魂のこもったプレーを引き出しているイメージです。
一言で表すなら、モチベーター。選手を鼓舞し、そして潜在能力を最大限に引き出させる。これは指揮官にとって欠かせない、言ってしまえば最も重要な資質でもあります。
持ち駒を最大限に生かす能力も、特筆すべき彼の長所のひとつ。積極的な采配も目につきます。とくに交代策。迷わず、それでいて大胆に交代カードを切っている。
ただ、驚くことにチームのプレーの質自体にまったく変化がない。要するにどの選手を起用しても、レベルがガタッと落ちることはないんです。これはプロビンチャでは珍しいこと。
イタリアーノが選手それぞれの特徴をしっかり把握し、ゲームの流れを読むことに長けている証でしょう。面識はありませんが、とても優秀な監督であることは間違いありません。
ミランを撃破した後の直近4試合は2分2敗。勢いに少し陰りが見え始めた印象ですが、連戦続きの中ではそれも致し方なく思えます。
選手層がそれほど厚くないスペツィアのようなチームが、連戦で苦しむのは当然です。
選手層に加えて、プレースタイルも関係していますね。スペツィアはアグレッシブなサッカーを信条としています。オールコートでのマンマーク戦術を取り入れる(ジャンピエロ)ガスペリー二率いるアタランタ、(イヴァン)ユリッチ率いるヴェローナと戦術的には同系統です。
運動量が求められるチームスタイルであり、選手のコンディションが大きく采配に影響します。選手が90分間を走り続けられるベストの状態にないと、監督の求めるプレーを継続することは難しいでしょうね。
サッカーIQは高いものがあるが
イタリアーノは選手時代、主にヴェローナ、キエーヴォなどでプレーしていました。タイプとしては、淡々とプレーする頭脳派ミッドフィルダーという印象です。分かりやすく言えば、闘志をむき出しにして敵に襲いかかるスタイルだった(ジェンナーロ)ガットゥーゾと真逆のタイプ。
そんな彼が監督となった今、テクニカルエリアで熱く采配を振るっている姿を見て、意外性を感じるのは私だけでしょうか。
今季一気に評価が高まったことで、紙上などでは早くもあらゆる噂が飛び交っています。ビッグクラブの指揮官に推す声もちらほら聞かれるほど。
試合を観る限り、彼のサッカーに関する知識、サッカーIQは高いものがあると想像します。
ただ、だからといってビッグクラブで指揮が執れる能力が今の彼に備わっているとかと問われれば、私の答えはNOです。
彼のセリエAでの指揮経験はまだ1年未満。そんな短いキャリアで、ビッグクラブに一気にステップアップするなんてリスクが大きすぎます。
私がミランの監督に就任したのは、ウディネーゼで3シーズンにわたって良い成績を残した後。3シーズンです。1シーズンではありません。キャリアを着実に築くという意識をもっていました。
もしイタリアーノが来季、ビッグクラブにステップアップを果たしたとして…。私には彼が苦悩する姿しか思い浮かべられません。
ビッグクラブでの指揮はなにしろ特殊です。チームを率いること以外の外圧と常に対峙しなくてはいけません。
その重圧たるや、計り知れませんよ。まず「君の実力はどんなもんだ?」といった懐疑的な目を、チーム内、サポーターから向けられるところからスタートしますから。
ガットゥーゾのように、選手として一時代を築いたビッグネームなら話は別。サッカー界は実力もさることながら、ブランドも大きくものを言う世界なので。
若手監督にビッグクラブはリスキー
そのガットゥーゾに関して言えば、今季ナポリで決して思うような結果を残せていませんね。名前をたびたび出してしまい申し訳ないんですが、おそらくシーズン終了とともにチームを去ることになるでしょう。
それでも、彼はビッグネーム。次の就職先に困ることはないでしょう。なぜなら実力は別として、ビッグクラブの重圧に耐えきれる「ガットゥーゾ」という名のブランド力があるからです。
一方、「イタリアーノ」の名は? ガットゥーゾほどの効力をもつにはまだ道のりがあります。
例えば、イタリアーノが来季、ローマの監督に就任したと仮定しましょう。ご存じ、ローマはファンが何事にも一喜一憂する難しい土地柄で有名。それこそ初陣で負けようものなら、悲惨です。想像さえしなかった批判に一気にさらされることとなるでしょうから。
果たして、イタリアーノにはそれらの重圧に耐えられるだけの準備は整っているのか。甚だ疑問です。
ガットゥーゾの後任としてナポリの次期監督候補にイタリアーノの名前が挙がっている、とも聞いています。ナポリもローマと同様、監督にとってとても難しい環境。
これからキャリアを積み上げていこうとするイタリアーノのような若手監督にとって、ナポリやローマといったビッグクラブはリスクでしかない。
イタリアーノはまだ若いこれからの監督。早計な選択で経歴に傷をつけてしまっては、元も子もありません。
彼の実力は本物です。なので、焦らずに一歩ずつステップアップを図ってもらいたいと願っています。
まずは今季、スペツィアでのさらなる手腕発揮に期待しましょう。
インタビュー:アルベルト・コスタ
翻訳・構成:垣内一之
訳者プロフィール/1998年にイタリアに移住し、約8年間、中田英寿、中村俊輔、柳沢敦ら日本人選手を中心にセリエAを取材。2006年のドイツ・ワールドカップ後に帰国し、現在は日本代表、Jリーグを中心に取材を続けている。
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