【コラム】横浜FCのシンデレラ・ボーイが、あの日の伊東純也と重なってみえた | Jリーグ

指揮官が伝えたフィニッシュへのこだわり

ハーフウェーライン手前、自陣左サイドでボールを受ける。次の瞬間、目の前に広大なスペースがあることを確認し、迷うことなく細かなタッチでボールを前へと運んだ。敵陣に入りわずかにボールタッチが大きくなったところへDFが食い付くも、それをさらりと交わし、一気にスピードアップ。GKとの1対1を冷静に制し、170㎝の体を目一杯使って喜びを表現した。

8月22日に開催された第12節・清水エスパルス戦で今季3点目となるゴールを奪ったMF松尾佑介だが、J1の舞台で雄叫びをあげるまでには時間がかかった。

チームが3バックのシステムを採用したことで本来の位置から1列低く守備の負担が増えるWBに移ったが、自慢のドリブルで誰よりもチャンスを作り出し、中断期間中から紅白戦やトレーニングゲームでFW斉藤光毅と並んでゴールを決め続けていた。

だが、公式戦になるとゴールの遠い日が続く。「近づいている感じはあるけど、逆に近づいているのに取れないから遠くも感じる不思議な感覚」。これまで幾度となく奪ってきたゴールについて、そう心境を漏らすこともあった。

特別指定選手として昨季からチームに加わっていた男の才能に惚れ込み、攻撃の中心に据え続ける下平隆宏監督は、その状況を以前から見越し、深い闇の中に迷い込みそうになっていたルーキーに中断明けから“こだわり”を説いていた。

「チームの役割や戦術の面では、すごく理解が高くてチームのためにやってくれている。だけど、最後の部分、ゴールやアシストに関してはぼやけている感じがしていた。そこに行くまではすごくこだわるけど、最後のところで急に力を抜いてしまうというか、油断してしまうというか。だから、『ゴールやアシストにこだわらないと次のステップにはいけないぞ』と。『フィニッシュの部分が1番大事なところで、そこで選手の価値が決まるのだからもっとこだわれ』と伝えていた」（下平監督）

松尾自身、指揮官のアドバイスを頭では理解していたが、なかなか体が追い付かない状況が続いた。それでも先発から外れることなくピッチに立ち続け、8月に入り3ゴールをマーク。ほんの些細な部分かもしれないが、ゴールを奪うために最も大事なことを身をもって体験した松尾は「ゴールを決め続けることで余裕や自信も出てくる。改めて、ゴールを決める大切さを身に染みて感じている」と、まるで自身に説くかのように言葉を並べた。

下平監督が口にした伊東純也との違い

この清水戦を見て、ふと思い出したことがある。

約3年前の8月13日に行われたJ1第22節の清水エスパルスと柏レイソルの一戦。場所は同じくIAIスタジアム日本平だった。前半終了間際、当時柏に在籍していたFW伊東純也（ゲンク）は、自陣でボールを拾ったところからグングンと加速。次々と相手を切り裂きながら、最後は体勢を崩しつつゴールへと流し込んだ。

ゴールへの道筋やシュートシーン、身にまとったユニフォームや背負っているエンブレムも全くもって異なる。

それでも、ほとんど無名な高校時代を経て大学時代に飛躍的な成長を遂げプロの舞台でブレイクを果たすストーリー、そしてスピードを武器とするプレースタイルを見ると、どうしても重ねてしまう部分がある。一見、何を考えているのか分からないポーカーフェイス、じっくり話してみると胸に熱いものを持っているパーソナリティー。そのどちらもが、すごく似ていると感じる。

この2人の韋駄天を柏と横浜FCそれぞれで指導した下平監督は、松尾の魅力を伊東と比較しながら説明してくれた。

「質は違うけど、スピードはJ（伊東純也）の方が速いかな。Jは見るからにめちゃくちゃ速いからね。ただ、松尾はそんなにスピードがあるように感じないけどするすると抜けていく。それに技術的には松尾の方があるよ。中盤の真ん中でもできる感覚を持っているし、前を向く力がある。戦術理解度もすごく高い」

また、怒涛の勢いであれよあれよと階段を駆け上っていった伊東と重ね、松尾の近未来をこう予想する。

「確かにJみたいになるような気がする。もちろんチームとしては痛いけど、順調にいけば日本では収まらないだろうね」

他の選手の視察目的で行った大学の公式戦でスカウトの目に留まり、最初の練習参加で監督のハートを射抜いてからわずか1年余り。シンデレラストーリーを歩んでいる松尾は、きっとこれからも誰にも予想の付かない物語を書き続けるだろうーー。

文・須賀大輔

1991年生まれ、埼玉県出身。学生時代にサッカー専門新聞『ELGOLAZO』でアルバイトとして経験を積み、2016年からフリーライターとして活動。現在、ELGOLAZOでは柏レイソルと横浜FCの担当記者を務めている。

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