アマとプロの行き来は「慣れっこ」
平日の日中はデスクワークやプレゼンに勤しみ、夕方からは人口1万にも満たない村のクラブでサッカーに没頭する。週末の対戦相手に有名選手などいない。なにしろプレーしているのは5部リーグ。来年1月に三十路を迎える彼に、プロサッカーの世界で一花咲かせたい野心もない。
世界中のどこでも見つけられるサッカー好きのサラリーマン。そんなプロフィールのダニエル・ブレンドレが今週末、特別な一戦に挑む。リヒテンシュタイン代表の一員として、FIFAワールドカップ（W杯）欧州予選のドイツ代表戦に臨むのだ。
国際Aマッチ38試合出場の代表歴があり、大国との試合が初めてというわけではない。2017年6月にW杯優勝国のイタリアと対戦している。それでも今週末の試合が特別な意味を持つのは、彼自身が2018年夏からドイツで生活しているからだ。
ブレンドレはドイツサッカー連盟のインタビューでこう話している。
「とても、とても特別だ。0－2で負けた最初のレグ（カタールW杯予選4節）は欠場したから、すごく楽しみだよ。この試合は僕だけじゃなく、僕たち一人ひとりにとって絶対的なハイライトになる」
普段は観衆もまばらな試合でボールを追いかけ、時にスター揃いの代表チームと真剣勝負する。いわばアマとプロの世界を行き来するのは、どんな感覚なのだろうか。ブレンドレは説明する。
「ある日、どこかの村でバイエルンリーガ（ドイツ5部）に出場する。僕たちは自家用車でそこまで旅し、試合に勝った後はたぶんビールを1、2杯飲むだろうね。数日後、ヴォルフスブルクのスタジアムでドイツ代表と対戦だ。僕らはチームバスでスタジアムまで行く。僕らの行動は突然、多数のカメラと数千人のファンに観察されるんだ。そして、アマチュアサッカーに戻る。少し奇妙だよ。もう、ほとんど慣れっこだけどね」
バイエルン勢とピッチ外で面識が
人口4万ほどの小国リヒテンシュタインにはプロ選手が少なく、ブレンドレのようなアマが多数派だ。W杯やEUROの予選にもなれば黒星が当たり前で、今予選でも1分7敗と白星がない。とっくに予選敗退が決まっている。もし、格上と引き分けようものならお祭り騒ぎだ。
「しばらく前（19年9月）に、ギリシャと1－1で引き分けたんだ。その後はもう携帯電話が鳴りっぱなしでね。おめでとうって」
ドイツ南部バイエルン州にあるSVプラッハ所属のブレンドレには、ドイツ代表ともうひとつ興味深いつながりがある。そのW杯優勝国の中核を担うビッグクラブのメンバーと面識があるのだ。
「僕はミュンヘンのスポーツマーケティングエージェンシーのWWPでプロジェクトマネジャーとして働いているんだ。FCバイエルンの選手たちと直接やりとりすることもあるよ。もちろん、彼らは僕がリヒテンシュタイン代表の選手だなんて知らないけどね（笑）」
今週末の試合に向け、バイエルンからは8選手（マヌエル・ノイアー、ニクラス・ジューレ、セルジュ・ニャブリ、レオン・ゴレツカ、ジョシュア・キミッヒ、トーマス・ミュラー、ジャマル・ムシアラ、レロイ・ザネ）が招集されている。
ブレンドレはピッチの上で彼らに認識されるようなインパクトを残せるだろうか。ただ、本人に気負いはない。
「（キックオフの）笛が鳴れば、他の試合となにも変わらない。だれが自分に向かってドリブルしているかなんて関係ないからね。そんなこと考えている時間もないよ」
すでにカタールW杯出場を決めているドイツにとって、今回の一戦は完全な消化試合。とはいえ、ホームの観衆は格下との一戦でゴールラッシュに期待するだろう。ムシアラやフロリアン・ヴィルツ、カリム・アデイェミら売り出し中のティーンエイジャーが経験を積む場にもなりそうだ。
当然ながらドイツのパフォーマンスに注目が集まるが、この一戦に特別な思いを抱くブレンドレにもぜひ目を向けてみてほしい。
文：遠藤孝輔
1984年3月17日生まれ。05年から『ワールドサッカーダイジェストEXTRA』、07年から『ワールドサッカーダイジェスト』編集部でドイツサッカーを担当し、12、13年のCL決勝などを取材。14年に独立し、様々な媒体で執筆、編集に携わる。過去に『DAZN』のブンデスリーガ公式配信で解説も。
配信情報
FIFAワールドカップ欧州予選
ドイツ対リヒテンシュタイン
- 配信： DAZN
- 配信開始：日本時間11月12日（金）4時45分
- 会場：フォルクスワーゲン・アレーナ
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