終わり良ければすべて良し──。チャンピオンズリーグ(CL)優勝!! チェルシーは最高の形で2020-21シーズンを締めくくった。
マンチェスター・シティとのCL決勝では、エンゴロ・カンテが八面六臂の大活躍だった。被ボール保持時の5-2-3は、スペースが生じやすい二列目のサイドを狙われがちだが、カンテがひとりで八割方カバーしていた。シティは驚愕したに違いない。
「気がつけばカンテがいる」
チェルシーのトーマス・トゥヘル監督が、「彼は1.5人分の仕事をする」と絶賛しつづけた動きが2人分、いや2.5人分にもなっていた。
また、ポゼッションしている際はアタッキングサードにも頻繁に進入し、攻撃にも彩りを加えていた。Player of the Matchは当然の選出である。
カンテをはじめとするチェルシーの選手たちはCL決勝に限らず、自分の仕事に集中していた。
ティモ・ヴェルナーは数多くの決定機を外したものの、守備時のタスクは高い次元でこなしていた。カイ・ハヴェルツはCL決勝で貴重な1ゴールを決め、オリヴィエ・ジルーはオフ・ザ・ボールの動き、ロッカールームでの立ち居振る舞いなど、カラム・ハドソン=オドイやタミー・エイブラハムといった若手には “生きた教科書” だった。
さらにメイソン・マウントは誰もが認める才能に磨きをかけ、ベン・チルウェルとマルコス・アロンソは高いレベルで左ウイングバックの定位置を争った。
そして、チアゴ・シウヴァである。
「ラインを上げろとか、中に絞れとか、縦を切れとか、ありとあらゆる指示が的確で迅速。本当に助けてもらった」
リース・ジェイムズもこう指摘している。36歳にして初のプレミアリーグ・チャレンジは肉体的に厳しく、終盤戦は欠場するケースもあったとはいえ、長年のキャリアで培った戦術眼を駆使。最終ラインに安定感をもたらしたのは、T・シウヴァに他ならない。
20-21シーズンの活躍を正当に評価した上層部が、1年の契約延長を打診した。トゥヘルも胸を撫でおろしているに違いない。
トゥヘルは独裁者なのだろうか
さて、トゥヘルである。
09年から5シーズン、マインツで同じ釜の飯を食ったハインツ・ミュラーは次のように評している。
「気まぐれな独裁者だよ。尊敬、礼儀、誠実が口癖だったけれど、押しつけがましくてさ。トラブルも少なくはなかった」
パリ・サンジェルマン(PSG)を解任された理由も、ドイツの大衆紙『Bild』に掲載された舌禍だったという。
「私は監督なのか、それともスポーツ相の役人なのか、考えざるをえない」
難しい舵取りをジョークで表現したのかもしれないが、「役人とは経営陣を揶揄したのか」と疑われる。洋の東西を問わず、内部批判は必ずといっていいほど自分の首を絞めるものだ。
そんなトゥヘルがチェルシーにやって来た。渡航許可が下りないオーナーのロマン・アブラモヴィッチに代わり、現場の実権を握るマリアナ・グラノフスカヤは現場より昵懇のエージェントに重きを置く。「独裁者と女帝の抗争勃発か」。タブロイド紙にすれば格好の標的である。
ただ、トゥヘルが稀代の戦術家であることは疑う余地もない。チェルシー着任後、最初に手を付けたのは守備の安定だ。フランク・ランパードが率いていた頃はすべて曖昧で、選手のパッションが第一だった。したがって、リズムが狂いはじめると歯止めが利かない。
しかし、トゥヘルは前がかりになりすぎて失点を繰り返していた弱点を即座に感知し、最終ラインの設定を下げた。また、ボールロスト後は素早く反応。サイドに追い込んだり、複数で囲んだり、失点を最小限に抑えるための基準を設けた。
- ランパード:1.21
- トゥヘル:0.68
平均失点のデータ(20-21シーズンのプレミアリーグ)が両者の違いを色濃く証明している。
さらに、ランパードのもとでは控えに甘んじていたセサル・アスピリクエタ、M・アロンソ、アントニオ・リュディガーを積極的に登用。それでいてハドソン=オドイ、ジェイムズ、ビリー・ギルモアにもチャンスを与えたのだから、チームが急速にまとまったのは当然かもしれない。
はたしてトゥヘルは、ミュラーが指摘したような独裁者なのだろうか。
チェルシーのベンチは雰囲気も良く、独裁者に率いられたチームが醸す絶望感や恐怖心は微塵も感じられなかった。マインツを去った後、トゥヘルはドルトムントとPSGを経由し、チェルシーにたどり着いている。性格が丸みを帯びてきたのだろうか。あるいは本性を隠しているのか。
移籍市場では人員整理が第一に
ヨーロッパを制したとはいえ、20-21シーズンのプレミアリーグは4位に終わった。しかもレスターにアクシデント──最終盤でジョニー・エヴァンズ、ウェズレイ・フォファナといったレギュラーDFの負傷で失速──が起きてのトップ4入りだ。
ラッキーな結果といって差し支えない。19ポイントもの大差をつけられたシティに追いつくためには、さらなる強化が求められる。
それでもトゥヘルはコロナ禍の移籍市場を考慮し、「現状では多すぎる」と人員整理を第一に挙げた。
ジルーはミランと契約間近だ(※編集部・注/その後、一転して契約を延長した)。クルト・ズーマ、エメルソンは構想外であり、タミー・エイブラハムも極めて微妙だ。年齢(23歳)を踏まえるとローンも考えられるだろうか。
また、20-21シーズンはローン移籍していたフィカヨ・トモリ、ティエムエ・バカヨコ、ロス・バークリー、ミヒー・バチュアイ、ルーベン・ロフタス=チーク、ダニー・ドリンクウォーターは帰る場所がない。
こうして10人前後が退団し、彼らに代わって下部組織から3~4名をトップチームにピックアップ。これまでの主力とともに覇権奪還に挑む予定だ。
しかし、58ゴールはリーグ7位。昇格組のリーズを4ゴール下回った。チーム内の最高得点者は7点のジョルジーニョで、全PKというオマケまでついている。できるものなら9番タイプが欲しい。T・シウヴァは9月で37歳になる。リュディガー、アンドレアス・クリステンセンを含めてもCBは3枚。もうひとり必要だ。
アブラモヴィッチが買収した03年以降、プレミアリーグとFAカップを5回ずつ、リーグカップを3回、CLとヨーロッパリーグはそれぞれ2回優勝した。18年で17冠は称賛に値するものの、現有勢力はシティとリヴァプールに後れを取っている。
さぁ、ここからはグラノフスカヤとの駆け引きである。CL優勝でトゥヘルに歩み寄るのだろうか。あるいは女帝の冷酷さを垣間見せ、トゥヘルとの良好な関係が瞬く間に崩壊するのか。
チェルシーはお家騒動を繰り返しながら、今日の地位を築いてきた。
文・粕谷秀樹
1994年、日本スポーツ企画出版社刊の『ワールドサッカーダイジェスト』編集長に就任。その後、同社の編集局次長を務め、01年に独立。以降、プレミアリーグやチャンピオンズリーグ、情報番組、さらに月平均15本のコラムでも、エッジの利いた発信を続ける。東京・下北沢生まれ。
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