交渉成立の決め手となった次善策
- マウリシオ・ポチェッティーノ 2.86倍
- エルネスト・バルベルデ 3.5倍
- マイケル・キャリック 6倍
- ブレンダン・ロジャーズ 11倍
- エリク・テン・ハーグ 17倍
- スティーヴ・ブルース 17倍
- ラルフ・ラングニック 21倍
- ロラン・ブラン 26倍
- ジネディーヌ・ジダン 26倍
英国の衛星放送局『スカイ・スポーツ』による、マンチェスター・ユナイテッド次期監督予想オッズだ(11月23日時点)。
なぜブルース? ニューカッスルやアストンヴィラ、クリスタルパレスなど、行く先々で前時代的な方法論がサポーターの顰蹙を買っていたのだから、ユナイテッドのボスになれるはずがない。
いや、ユナイテッドの上層部なら「なにをしでかしても不思議ではない」との皮肉が込められているのだろうか。オーナーのジョエル・グレイザー、CEOのエド・ウッドワードがビジネスを最優先し、現場の混乱に無関心だったことは、フットボール界の基礎知識といって差し支えない。
しかし、ラングニックとの交渉がわずか一週間程度で成立するとは、正直言って意外だった。オーレ・グンナー・スールシャール前監督の解任直後からラングニックと接触を図り、ユナイテッド側は6ヶ月の短期契約を打診していた。
「新シーズンはサポーター間で人気の高いポチェッティーノ、もしくはロジャーズで」の下心が見え見えだ。当然、ラングニックは拒否する。
ここでサプライズが起きた。次善策を用意しないで交渉に臨み、ユナイテッドは何度も何度も何度も失敗を繰り返してきた。この、悪しき慣習を踏まえれば、ラングニックに拒否されたとき、「あっ、そうですか。では、なかったことに」と引き下がっていたに違いない。
「今シーズンいっぱいは暫定監督。その後の2年間はコンサルタントとして雇用するプランもご検討ください」
まさかまさか、ユナイテッドが次善策を用意していた。交渉事が世界一下手な上層部が複数のプランを携えていたとは、前代未聞である。
名将が警戒する超一流の戦術家
シャルケやホッフェンハイムの監督を歴任し、最近はレッドブル傘下のザルツブルク、RBライプツィヒでスポーツディレクターや監督として手腕を発揮。今年7月からロコモティフ・モスクワの強化担当責任者を務めるラングニックにすれば、ユナイテッドの重職に就けばそのキャリアに箔がつく。
ユナイテッドもラングニックのようなタイプを喉から手が出るほど欲していた。双方の思惑が一致し、交渉は瞬く間に成立したという。
いま、プレミアリーグにはペップ・グアルディオラ、トーマス・トゥヘル、ユルゲン・クロップ、アントニオ・コンテといった超一流の監督に加え、百戦錬磨のマルセロ・ビエルサまでいるのだから、監督力が勝負を分けることは誰の目にも明らかだ。ユナイテッドの上層部だけが分かっていなかったのか、あるいは軽視していたのか。いずれにせよ、現代の潮流から大きく取り残されてしまった。
「ユナイテッドでプレーして分かったよ。あのクラブは昔話ばかりしている。現代を生き抜く術を持っていない」(ズラタン・イブラヒモヴィッチ)
「いつまで経ってもおとぎ話の主人公を気取っていやがる」(ロイ・キーン)
彼らの言葉を甘んじて受け入れなければならない。ルイス・ファン・ハールとジョゼ・モウリーニョは時代後れで、デイヴィッド・モイーズとスールシャールが力不足であることを分かっていながら、上層部は監督に起用した。その愚かさが近ごろの混乱を招いたのだ。
こうした経緯を踏まえたからこそ、ビジネス最優先主義の上層部が、ラングニックの招聘に重い腰を上げたのだ。遅きに失した感はあるものの、超一流の戦術家によって、ユナイテッドはプラスの転機を迎えようとしている。
「ラングニックのような優れた指導者がユナイテッドにやって来る。われわれにとって朗報のはずがない」(クロップ)
「あえて師匠と呼ばせてもらおう。あらゆる質問を、意地悪な内容でもジョークで返す。彼の柔軟性には太刀打ちできない」(トゥヘル)
リヴァプール、チェルシーの名将も同胞のプレミアリーグ参戦を歓迎しつつ、警戒の色を強めていた。
もう一度テッペンに立ちたいのなら…
さて、ラングニックのプランに何人かの既存戦力は適さない、という指摘がある。各クラブで守備面の貢献を免除されていた36歳のクリスティアーノ・ロナウドに加え、メイソン・グリーンウッドは守備意識が低い。アントニー・マルシャルはあのざまだ。
さらに、ポール・ポグバは負傷した膝の回復が遅れ、戦列復帰は12月下旬から2月にずれ込むようだ。しかも彼の背後では、エージェントのミーノ・ライオラがつねに暗躍している。ラングニックにとって、もっとも面倒臭い男かもしれない。
一方、献身的なプレーに定評があるエディンソン・カバーニ、ブルーノ・フェルナンデス、スコット・マクトミネイ、ジェシー・リンガード、フレッジ、ラファエル・ヴァランは重宝され、ドルトムント所属時にプレス能力の高さを証明したジェイドン・サンチョも、主力のひとりとして計算されるだろう。
また、ラングニックが全体のラインをコンパクトにし、高い位置で守れるDFを好むため、ヴァランの相棒はエリック・バイリーが有力だ。ヴィクトル・リンデレフは慎重すぎて、ハリー・マグァイアは鈍い。
いずれにせよ、新体制の発足によって少なからぬ軋轢が生じる。チーム内のパワーバランスが崩れ、主力と控えが逆転するポジションもあるはずだ。
しかし、改革に痛みは付きものだ。ラングニックのような細部にこだわる戦術家を招聘する以上、上層部も選手も腹をくくらなければならない。勝ちたいのなら、もう一度テッペンに立ちたいのなら、汗をかき、身体を張り、90分間ひたすら走り続けることだ。
文・ 粕谷秀樹
1994年、日本スポーツ企画出版社刊の『ワールドサッカーダイジェスト』編集長に就任。その後、同社の編集局次長を務め、01年に独立。以降、プレミアリーグやチャンピオンズリーグ、情報番組、さらに月平均15本のコラムでも、エッジの利いた発信を続ける。東京・下北沢生まれ。
配信情報
プレミアリーグ第14節
マンチェスター・U対アーセナル
- 配信: DAZN
- 配信開始:12月3日(金)5:15
- 解説:林 陵平 実況:下田恒幸
- 会場:オールド・トラッフォード
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