イタリアが世界に誇った稀代のテクニシャンが『カルチョS級講座』に再登壇。元イタリア代表MFで、監督としてアッズーリ(イタリア代表の愛称)を率いた経験も持つロベルト・ドナドーニだ。
1980~90年代のミラン黄金期を支えた現役時代の輝かしいキャリアは、イタリア人なら誰もが知るところ。2000年の引退後はイタリア代表ほかジェノア、ナポリなどの監督を歴任し、19年7月から20年8月まで中国リーグの深圳を指揮していた。
セリエAのクラブを最後に率いたのはボローニャ監督だった17-18シーズン。それから約3年半が経過したが、往年の名手はイタリアサッカーの確かな変化を感じ取っているという。
パンデミックの中で光明も
私がセリエAで最後に指揮を執ったのは、2018年5月20日に溯る。ボローニャの監督だった17-18シーズンの最終節ウディネーゼ戦だ。
月日の流れは早いもので、もうあれから3年半になろうとしている。サッカーは時代とともに変化するもので、イタリアサッカーも例外ではない。
最近で言えば、まずサッカー自体を取り巻く環境が大きく変わったな。言うまでもなく、昨年突如として世界を襲った新型コロナウイルス感染症の影響だ。
この恐ろしいパンデミックにより、サッカー界も甚大なる損害を受けた。いや、今もなお受け続けていると言うべきだろう。ただ、そこには光明もあったと思っているよ。
それは、試合の無観客開催。当然、ファン・サポーターにとっては残念な措置だった。そして、クラブにとっても収入面で大きなマイナスをもたらしたのは知っての通りだ。
しかし一方で、ファンからの厳しい視線に晒されず、飛躍的な成長を遂げる選手が続出した。その開放感は監督にとってもプラスに働いていたよ。直接的な批判に恐れることなく、若手を積極的に起用するきっかけにもなったわけだからね。
個人的にはこれが、今夏のEURO2020で53年ぶり2度目の戴冠を果たしたイタリア代表にとってプラスに作用したと感じている。
アッズーリのメンバーには、所属クラブでまだ絶対的な地位を築けていなかった若手も多くいた。そんな彼らが大会前のシーズンで、無観客の中、伸び伸びとプレーし、最高の状態で本番に臨むことができた。それがまずひとつ。
そして監督であるロベルト・マンチーニも積極的に彼ら若手にチャンスを与え、そこに試合観戦に飢えていたファン・サポーターの強烈な後押しが加わった(イタリアはグループステージ3試合をホームで戦った)。
そういった良い流れがイタリア中を巻き込んだあの熱狂を生み、最終的にEUROでの成功に繋がったんじゃないか。コロナ禍でのアッズーリの成功を、私はこのように一連づけて捉えているんだ。
攻撃的なマインドが全体に浸透
技術的な観点で言えば、イタリアサッカーはこの数年で、より攻撃的なサッカーにスタイルを変えたね。今では中小クラブでさえ、多少のリスクを負ってでも積極的に仕掛けるポジティブなサッカーを展開している。
それは今シーズンのセリエAで生まれている得点数でも明らかだろう。開幕から第7節までのゴール数は計224。1試合で実に3.2ゴールというハイアベレージだ。
計70試合でスコアレスに終わった試合が、たったの2試合というデータも見逃せない。イタリアサッカーが、守備的サッカーの象徴だった「カテナチオ(カテナッチョ)」で語られていた時代はもう遠い昔さ。
今シーズンも結果がより重要視される終盤戦では、もしかしたら守備に重点を置くチームも出てくるかもしれない。
ただ、これだけは確実に言える。今のセリエAは攻撃サッカーがトレンド。オフェンシブなマインドが全体に浸透している、とね。
その攻撃サッカーの象徴と言っていいクラブが、この数年で目覚ましい躍進を遂げたアタランタだ。
攻撃サッカーをいち早く取り入れた中小クラブのまさに先駆け。今ではスクデット(リーグ優勝)争いを繰り広げる可能性もあるほどの実力を誇っている。
そんな彼らのことを、もはや「サプライズ」、「偶然」と言った言葉で片付ける者はいない。
アタランタが中小クラブに与えた好影響
イタリアのスモールクラブが、チャンピオンズリーグの大舞台でマンチェスター・ユナイテッドといった世界の強豪と相まみえる姿を、どれだけの人が想像できただろうか。
アタランタの躍進はイタリアサッカーにとっては喜ばしい現実だ。
そして何よりも大きいのが、他の中小クラブに与えた好影響。今では多くのクラブがアタランタをモデルケースとして、後に続けてとばかりに追随している。
アタランタはしっかりとしたサッカー哲学、アイデアを持っているクラブだ。16-17シーズンから指揮を執る、ジャン・ピエロ・ガスペリーニの功績が何より大きいね。クラブはそんな彼に全幅の信頼を寄せ、全面的にサポートしている。
実は、かくいう私もアタランタ出身。アタランタの下部組織で選手としての礎を築いたんだ。もともと育成面では優秀なクラブでね。それこそ当時は、トップチームの強化を二の次にしていたくらいだ。
自分たちで発掘したダイヤモンドの原石を磨き上げ、そしてビッグクラブに高値で売り渡す。それこそがアタランタのような弱小クラブが生き残っていくための唯一の手段だったんだ。
経営面は昔から健全なクラブだった。今のようなトップチームに上り詰める野心はなかったがね。それがガスペリーニの就任を機に劇的に変わったよ。
ガスペリーニは自らの経験を最大限チームに伝授し、失敗を恐れずに攻撃サッカーを展開。そして結果も出し続けている。
繰り返しになるが、アタランタがイタリアサッカー界全体に与えた影響は計り知れないよ。当然、マンチーニ率いる現イタリア代表にも好影響を与えている。
ラツィオは魅了したかと思えば醜態も
今シーズンのセリエAでもっとも攻撃的なチームはどこかって? 一つに絞るのは難しいな。まだ序盤戦だし、90分を通して内容の良いサッカーを展開しているチームはそれほど多くない。
今シーズンから指揮官を変更したチームが多いのも、評価しにくい理由の一つ。まだ戦術がチーム全体に浸透していない状態なんだ。
その最たる例がラツィオ。昨シーズンまでチームを率いたシモーネ・インザーギがインテルに移り、後釜にはかつてナポリ、チェルシー、ユヴェントスを率いたマウリツィオ・サッリが就任した。
この指揮官交代により、システムや戦術が大幅に変更された。不安定な試合運びが続いているのも、その影響が大きいね。
ある試合で誰をも魅了するような素晴らしいパフォーマンスを見せたかと思えば、次の試合ではまるで別チームのような酷い醜態をさらしてしまう。今のラツィオはまさにそういった状態だ。
それこそサンシーロで行われた第3節のミラン戦などは、がっかりさせられる内容だった。90分を通してインテンシティに欠け、選手からは何より試合に対するモチベーションが感じられなかった。結果、0-2で敗れている。
ただ時間とともに戦術面などが向上すれば、ラツィオに限らずどのチームも今まで以上に攻撃的なハイパフォーマンスが期待できる。裏を返せば、そうとも読める。
ゆえに、今シーズンのセリエAはこれからさらに攻撃的で白熱した試合が増えるだろう。
最後にスクデット予想を。優勝候補はミラン、インテル、ナポリの3チームに絞りたい。彼らは少なくとも現時点で、他が持っていないものを持っている。
インタビュー:アルベルト・コスタ
翻訳・構成:垣内一之
訳者プロフィール/1998年にイタリアに移住し、約8年間、中田英寿、中村俊輔、柳沢敦ら日本人選手を中心にセリエAを取材。2006年のドイツ・ワールドカップ後に帰国し、現在は日本代表、Jリーグを中心に取材を続けている。
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