【2021のヒーローになれ】タイトル奪還へのキーマン・ジュニオール・サントス。シナリオでは描けない波乱万丈なサッカー人生 ｜ サンフレッチェ広島

人生を変えた二十歳の転機

自分の人生がどう転がっていくのか、その未来がわかったとしたら、果たして楽しいのだろうか。

今、苦境に陥っていたとして、この苦しみがいつまで続き、その後にどう生きるのかわかったとしたら、確かに苦しさは減少するのかもしれない。しかし、果たしてそういう人生が楽しいだろうか。

ジュニオール・サントスの奇異な運命を辿ると、そんな哲学的なことを思ってしまう。

スパイクも買えないほど極貧にあえいだ少年時代。サッカースクールに通い始めたのは12歳の頃。プロを夢見たこともあったが、17歳の時に一度、その夢を断ち切った。そこから建設・土木の現場で日々の生活費を稼ぐ日々が続く。普通なら、上のレベルを目指すサッカー人生はここで終わり、あとは仲間たちとの草サッカーを楽しむくらいになる。そしてジュニオール・サントスも、そうなりかけた。

20歳の頃、周りに誘われて草サッカーを始めた。17歳からほとんどボールを蹴っていなかったのだが、少しずつ身体がサッカーを思い出してくると、周囲の見る目が変わった。

「お前、凄いじゃないか」

やがてジュニオール・サントスの名前は、ブラジル・バイーア州の草サッカー仲間に知れ渡るようになった。

「今度の大会で、ウチのチームの助っ人で出てくれ。報酬は支払うから」

そんなオファーが次々と舞い込み、やがてその報酬だけで生活できるようになった。

2017年、23歳の時にブラジル4部のセミプロチーム、オズヴァウド・クルスFCと契約。そこからブラジル1部のフォルタレーザECでプレーするようになるまで、わずか2年だ。そこで10得点をあげた実績を買われて、2019年夏に柏レイソルへと移籍。ケガもありここで彼のサッカー人生はわずかに停滞するが、昨年夏に横浜F・マリノスへの期限付き移籍が決まると、そこから22試合13得点の大活躍。そして今年、サンフレッチェ広島に完全移籍を果たし、6年ぶりのタイトル奪還に向けたキーマンとなった。

こんな人生、小説にも書けない。書いたら「リアリティがない」と指摘されるだけだ。

歴代外国人選手の中でも群を抜く努力家

ただ、この大転換は決して幸運の一言だけでは片付けられない。

10代半ば、必死にサッカー選手を目指していた時代に彼は夜、大人たちに混じってフットサルをやっていた。上手くなりたい一心での選択だったが、この経験によって足下の技術が身についた。

サッカーをやめた後の建設現場での仕事で辛い肉体労働を続けているうちに、それまで「ひ弱」と言われていた身体が逞しくなり、パワーが自然と身についた。

何よりも、彼には生真面目な性格がある。

例えば広島のキャンプ合流初日、彼は誰よりも早く練習場に姿を現し、若手に話しかけてコミュニケーションをとり、ボール回しに興じた。練習中にミスをすると日本語で「ゴメン」と謝り、戦術理解のため謙虚に教えを請うていた。自身のアピールのため個人プレーに走りがちだが、破壊的な突破だけでなくパスで周りを使ってコンビネーションを構築しようとしていた。居残りでのシュート練習にも積極的に取り組み、自分を磨く努力も欠かさない。

ジュニオール・サントスの振る舞いを見ていれば、どういう状況が自分を襲ったとしても、その現実を受け入れながら人生に真摯に取り組もうとしていることがわかる。その姿勢があったからこそ、サッカーを諦めた時の生活が、その後の人生に思わぬ形で活きてきた。明らかに遅いサッカー人生のスタートを挽回すべく昼夜問わずにボールを蹴り続けたことが、現在の細かなステップワークを生み出した。

1トップ、トップ下、サイドハーフ。いずれのポジションでもプレー可能な柔軟性をもち、チームのために攻守にわたってのハードワークを惜しまない。過去に在籍した外国人選手の中でも群を抜くレベルの努力家。キャンプでの練習試合でも3得点と結果を出しているジュニオール・サントスが爆発すれば、広島は大きな推進力を手にすることとなる。

文・中野和也

1962年、長崎県生まれ。リクルート中国支社や関連会社で企画営業・情報誌制作・編集を経験。1994年からフリーライターとして独立。1995年、広島アスリートマガジンでサンフレッチェ広島の取材を開始。1999年以降のサンフレッチェ広島の全試合を取材。2000年、サンフレッチェ広島の専門誌・紫熊倶楽部を創刊。著書に「サンフレッチェ情熱史」「戦う、勝つ、生きる」。