自ら示した闘う姿勢
疲労を色濃く滲ませながらミックスゾーンに姿を現した酒井宏樹は、「大きな結果だと思います」と手応えを口にしつつも、決して満足していなかった。
「ただ、試合の入りはとても納得のいくものではなかった。非常にナイーブな立ち上がりで、もっと選手たちの勇気ある姿を見せたかったです。自分も含めて」
4月29日にリヤドで行われたAFCチャンピオンズリーグ決勝第1戦。アル・ヒラルと浦和レッズの一戦は、1-1の痛み分けに終わった。アウェイであることを考えればレッズにとって決して悪い結果ではないが、酒井が指摘したように、ゲーム序盤は消極的な姿勢が目立ち、ボールを握れないばかりか、13分にミスから先制点を許してしまった。
もっとも、そうした苦しい立ち上がりにおいて、体を張ってボールを奪い取るなど、アウェイの雰囲気に飲まれそうなチームメイトを鼓舞していたのが、他ならぬ酒井だった。
だから、「自分も含めて」という言葉を聞いたとき、こう返さずにはいられなかった。
その中でも酒井選手自身は、闘う姿勢をしっかり見せていたと思うが――。
すると、酒井は頷き、自身の思いを口にした。
「僕はキャプテンという立場だし、ベテランでもあるので、『まず自分が』ということは考えていました。選手たちはついて来てくれると信じていたし、実際、1点を取られてからバラバラになることはなかった。0-1で前半を終わらせられたことがすべて。1-1にできることは予想できていましたし、それをみんなが信じることができたと思います」
4月9日のリーグ戦で右太もも裏の肉離れを負った酒井にとって、この試合は20日ぶりの復帰戦。「やってみないと分からないですが、強い覚悟を持ってここに来た」と試合前日に話していた男は、サウジアラビア代表ウインガーのサーレム・アル・ドサリとの丁々発止の激しいバトルを繰り広げた。
そして興梠慎三のゴールによってスコアが1-1で推移していた78分、酒井はゴール前まで長い距離を走ってクロスを上げると、その直後、ピッチに座り込み、ベンチに下がることになる。
もしやケガの再発か……。そんな最悪の事態も想定されたが、本人はきっぱりと否定した。
「足が攣ったのは事実ですけど、1秒でも時間を稼ぎたかった。今日は『行けるところまで』と思っていましたけど、相手の強度の高さや暑さもありましたから、これくらいかな、無理はできないかなと。ベンチに下がったあと、足が攣っている選手の姿を見たので、もう少しやれればよかったと思いましたけど、欲を出して第2戦で使いものになれずベンチ外になるよりいいかなと。1-1で持ち堪えてくれましたし、(早川)隼平も含めて若い選手たちがファイトする姿が見られて嬉しかったです」
酒井宏樹が浦和を選んだ理由
(C)2023 Asian Football Confederation (AFC)
酒井がACLに懸ける強い思いを打ち明けたのは2022年8月、準決勝で全北現代モータースFCを下して決勝進出を決めた直後のことだった。
「去年(21年)の夏、マルセイユを退団して浦和に移籍することを決めたとき、家族も代理人も誰ひとり、この移籍に賛成の人はいませんでした。この移籍が成功だったかどうかは、僕自身が証明するしかないと思っていましたし、そのためにはこの大会(での結果)が必要でした。まだ何も成し遂げていませんが、東地区で優勝できたのは僕にとって非常に大きなこと。チーム、スタッフに感謝したいと思います」
UEFAチャンピオンズリーグの常連であるフランスの名門で、不動の右サイドバックとして活躍した酒井である。ヨーロッパのライバルクラブが放っておくはずはない。酒井自身も「ヨーロッパで探そうと思えばあったと思うし、やれる自信もあった」と語ったが、思い入れのあるマルセイユを欧州最後のクラブにしたい、100%でプレーできるうちに日本でやってみたいという気持ちから、周囲の反対を押し切って浦和レッズへの移籍を決断した。
9年ぶりのJリーグ復帰にあたり、なぜ、浦和レッズを選んだのか――。
加入が決まったとき、その理由として酒井が真っ先に挙げたのは、熱狂的なサポーターの存在だった。
酒井が5シーズンを過ごしたフランスのオリンピック・マルセイユは、欧州でも屈指と言われるサポーターの熱さで知られている。
「日本に復帰するにあたって、自分にプレッシャーだったり、責任感、緊張感をもたらしてくれるクラブを探していました。その中で浦和レッズは、マルセイユのように特別なサポーターがいる。僕に緊張感や責任感を与えてくれる存在だと思うので、(オファーを)受けさせていただきました」
移籍の決め手となったレッズサポーターの真の力は、声出し制限や入場制限が解禁された今シーズンの戦いや、今回のアウェイゲームで確かに感じ取っている。
敵地でのアル・ヒラルとの激闘のあと、「これは絶対に書いてほしいんですけど」と前置きして、酒井はこんなふうに語った。
「こんなに遠くまで来てくれたサポーターには本当に感謝しています。なんとか闘う姿を見せられて、最低限の結果を持ち帰ることができてよかった。中東のチームとの対戦が初めての選手が多かったですが、試合中に成長することができた。次は満員のサポーターが出迎えてくれると思う。大きな力を背負って戦いたいと思います」
出場停止となるサーレム・アル・ドサリに代わって酒井の対面に入るのは、ブラジル人ドリブラーのミシャエウだろうか。優勝するためには得点を取るしかないアル・ヒラルは、攻勢をかけてくるだろう。
足の状態は万全ではないかもしれない。だが、ピッチに立つ以上は100%でやる――。それが酒井のプロフェッショナリズムだ。責任と覚悟、そして全浦和レッズサポーターの思いを背負い、世界を知る“歴戦の雄”が埼スタ決戦のピッチに向かう。
埼玉スタジアムを真っ赤に染めるファン・サポーターの後押しを受け、選手たちが持てる力を出し尽くしたとき、試合後のピッチには、07年の鈴木啓太、17年の阿部勇樹に続いて優勝トロフィーを掲げるキャプテン・酒井宏樹の姿があるはずだ。
(C)2023 Asian Football Confederation (AFC)
文・飯尾篤史
1975年生まれ。東京都出身。明治大学を卒業後、週刊サッカーダイジェストを経て2012年からフリーランスに。10年、14年、18年W杯、16年リオ五輪などを現地で取材。著書に『黄金の1年 一流Jリーガー19人が明かす分岐点』、『残心 中村憲剛の挑戦と挫折の1700日』などがある。
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