取材・文=舩木 渉
写真=青山 知雄, KMSK Deinze
浦和とデインズの利害が一致して実現した、浦和3選手の“武者修行”
昨年11月、Jリーグでのシーズンを終えた浦和レッズ所属の3選手が、ベルギー2部リーグのデインズでトップチームの練習に参加した。大卒1年目のDF宮本優太とMF安居海渡、そして高卒1年目のDF工藤孝太は異国の地で過ごした2週間で貴重な経験を積み、宮本はのちにデインズへ期限付き移籍することになる。
Jリーグを代表するクラブの一つである浦和とデインズの関係はどのように築かれ、今後どのように発展していくのだろうか。両クラブの取り組みについて、浦和の戸苅淳フットボール本部長とデインズの経営権を持つACAフットボール・パートナーズ(ACAFP)の小野寛幸CEOに話を聞いた。
2人が最初に接点を持ったのは2021年10月のこと。Jリーグがスポーツ経営人材の養成と輩出を目的に設立した「スポーツヒューマンキャピタル(SHC)」を小野が受講し、グループワークの課題が「浦和レッズの中長期経営計画立案」だった。そして講師側に戸苅を始めとした浦和のクラブスタッフが名を連ねていた。
SHC終了後の2022年2月、小野率いるACAFPはデインズの経営権を買収し、欧州でアジア発のマルチクラブ・オーナーシップ(MCO)の実現に向けて動き出す。戸苅は欧州サッカー界で壮大なプロジェクトに挑む小野に感銘を受け、互いに情報交換を続けてきた。
その過程で浦和に所属する若手選手のデインズへの練習参加という取り組みが持ち上がった。FIFAワールドカップ(W杯)カタール2022開催に伴ってJリーグが例年より早い11月上旬に閉幕することもあり、オフシーズンが長くなる。浦和としては若手選手に海外で経験を積ませるために十分な時間を確保することができる。一方のデインズは負傷者やW杯出場選手を抱えていたこともあり、両者の利害が一致した。
(C)KMSK Deinze
[(C)KMSK Deinze]
小野「ベルギー2部はW杯期間中も試合が開催されますし、Jリーグはシーズンが早く終わっています。浦和レッズさんは貴重な冬の空白期間を使って欧州で選手が経験を積める機会を欲していました。一方、デインズは手薄になっているトップチームの選手数を補いたいという思惑が合致した形です」
戸苅「浦和レッズとしては年間の出場試合数が少ない選手に学びの機会を設けなければと考えていました。加えて、欧州に出れば国内ではなかなかできない経験がたくさんあり、選手たちの成長につながるだろうという狙いもありました。デインズは試合スケジュールも環境も我々の考えと合致していて、海外の文化に触れ、実際にそこでサッカーをすることによって大きく成長してくれることを期待して3人を送り出させていただきました」
のちにデインズへ期限付き移籍する宮本は、浦和レッズで2022シーズンの公式戦22試合に出場し、5大会で計1407分間ピッチに立った。同様に安居は3大会で13試合424分間の出場、工藤はリーグ戦での出番がなく、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)の1試合90分間のみの出場だった。いずれも戸苅が言う「選手には年間40試合くらい真剣な試合に出場しながら成長していくことを求めていきたい」という基準には達しておらず、プロ1年目は充分なプレー時間を得ることができていない状況だった。
日本国内でのチャンスが限られる中で、プロ2年目に向けた成長のきっかけをつかむ。これが3選手の練習参加における最大の目的だ。小野も戸苅も、初めての取り組みながらすでに成果を実感しているという。
戸苅「ベルギー2部は、大雑把に言えばJリーグと同じくらいのレベルだと思っています。ただ、全く違う捉え方もできます。相手選手の大きさ、足の長さ、言語はもちろん、プレー環境やサッカーのスタイルもかなり違う。Jリーグとは全く異なる特徴があるので、単純に比較はできません。我々としては若手選手に海外で、日本とは全く違う性質のサッカーがあるということを体感してほしいと思っていました」
小野「2週間という期間も良かったと思います。1週間では短すぎるし、1ヶ月では少し長すぎる。もちろん2週間で全員に正しい評価をするのは難しいですが、日本とベルギーの『違い』を感じてもらうという意味では成功したと思います。3人の中で最も『違い』を楽しんでいると感じたのが、宮本選手でした」
戸苅「練習参加した選手たちは一様に『とても勉強になり、素晴らしい経験ができました。本当に行って良かったです』と話していました。言葉が通じない中で何ができるのか、うまく通用しなかった部分は何かを知ることが彼らの成長につながるわけです。そういった意味で、『苦労してきてほしい』という我々の狙いどおりの経験ができたのではないかと思います」
(C)KMSK Deinze
[(C)KMSK Deinze]
昨年11月の練習参加がきっかけとなり、宮本は今年1月にデインズへの期限付き移籍が決まった。戸苅は「クラブの編成戦略と選手個人の成長の両方を考えますが、宮本選手の場合は後者への期待が強くありました。彼にとっては海外でプレーすることが成長のチャンスになると判断して送り出しました」と明かす。
初めての海外挑戦に加えて、シーズン途中の加入で複雑なチーム事情とも向き合わなければならなかった宮本は出場機会の確保に苦労した。しかし、ベルギーで過ごす日々の中で着実に前進し、戸苅も小野も今後への大きな可能性を感じているところだ。
戸苅「宮本選手の移籍もチャレンジの一つです。試合に出場することにおいては残念ながら十分な状態とは言えないですが、そういったことも経験しながら次のステップに進んでいければと思っています」
小野「2月の練習試合では言語面で苦労し、チームの輪の中に入りきれない様子も見受けられましたが、4月には積極的に選手の輪に入って、むしろイジられるくらい仲良くなっていました。そうした姿を見るだけでも宮本選手の精神的な成長を感じますし、彼の内側から出てくる逆境に負けてたまるかという気持ちの強さは頼もしいです。もちろん言葉の壁やピッチコンディションの難しさ、サッカーそのものの違いを肌で感じ取るのは大事だと思っていますが、おそらく彼なりに我々が思っている以上の発見や気づきがあったと思います。
他人に与えられた発見は全く響かない。新しい環境に飛び込んでみて、苦労して、勝ち取った発見こそ自分の糧になるんです。今回のベルギーでの経験が、彼の目標達成やクラブへの貢献につながることを期待しています。試合に出られなかったからといって、一概に『失敗』だと決めつけるのではなく、デインズでつかんだものを今後のパフォーマンスで証明していってほしいと思います」
「Jリーグが『アジアのプレミアリーグ』になっていくべき」
浦和は今月6日にサウジアラビアの強豪アル・ヒラルを破り、3度目のACL制覇を果たした。アジア屈指のクラブである浦和で長きにわたって日本サッカーを見つめてきた戸苅は、Jリーグがさらに成長していくために改善しなければならないポイントを的確に認識している。一方で小野は欧州の視点からJリーグやアジアサッカーのポテンシャルを引き出そうとしている。
戸苅「欧州は陸続きなので、選手たちが他国との『違い』を日常的に感じられますが、日本は島国なので、どうしても本物の国際経験が不足してしまいがちです。世界に出て行った時に怖がらず、しっかりとプレーできる選手を日本国内でも育てていかなければならない。そう考えると、真剣な国際試合を年間に何試合か戦えるような環境を作ることが選手たちの成長のために必要だと考えています」
小野「宮本選手が苦労しながらも頑張って、自分の成長を前向きに捉えている中で思うのは、『違い』を自分の肌で感じる経験の大切さです。今、浦和では酒井宏樹選手のようなトッププレーヤーがいろいろなものを後輩たちに伝えようとしてくれているはずです。戸苅さんがおっしゃったような国際経験を積んで、日本とは違うサッカー文化や選手の特徴、プレーの質を肌で感じていると、酒井選手の所作やプレーの根拠や理論を自分の中に落とし込みやすくなるのではないかと思います。世界のトッププレーヤーになるための道筋を自らの力で発見するために、短期間でも海外でのプレーを経験するチャンスは非常に重要です」
戸苅「若い選手が海外にどんどん出ていくことを『流出』と表現して、Jリーグの課題として捉える風潮があると思います。それは裏を返せば、日本国内でプレーしながら国際経験を積める環境をもっと作る必要があるという課題にもつながっているとも言えます。若い選手たちが『違い』を経験することを望んでいるのは間違いないですから。Jリーグとして海外に出ずとも『違い』を知ることができる環境を作る努力をしなければならない。世界で戦える選手を日本国内で育てていく。そういった取り組みをJリーグや各クラブが真剣に考えていく必要があると思います」
小野「私はJリーグが『アジアのプレミアリーグ』になっていくべきだと思っています。各クラブにライバル意識がありながら、しっかりと共通認識を持って進んでいき、全体の底上げをして層の厚いリーグになってほしい。そのために我々のような自国の外にいる存在をうまく活用してもらいたいと思っています」
今年で30周年を迎えたJリーグがさらに進化していくにはどうしていくべきか。国際感覚をもっと磨き、海外への「憧れ」や「差」を当たり前のように「違い」だと捉えられるようにならなければならない。そのためにはピッチ上でプレーする選手だけでなく、彼らを取り巻く指導者やスタッフも日本を飛び出していくことが重要だと両氏は語る。
戸苅「選手のみならず、指導者やクラブスタッフもどんどん外に出て、世界を見ていける人材を育てていかなければならないですよね。特に英語でコミュニケーションを取れれば、得られる情報の量も質も新鮮さも格段に変わってくる。そういったスキルを磨けるような環境を日本国内に作ること、そしてどんどん世界に出ていくべきだと思います」
小野「選手だけでなく指導者や経営人材をもっと海外へ送り出すことが、ゆくゆくはJリーグ全体の強化につながっていくと思います。浦和は北欧から優秀な外国籍選手を獲得していますが、彼らを見つけて日本へ連れてくるには実際に現地のネットワークに飛び込んで、信頼をつかまなければならなかったはずです。そういう新しい視点を持っても、行動に移さなければ意味がない。だからこそ経営人材がどんどん日本の外に出て、個々につながりを広げ、それをJリーグに持ち帰ってくることが重要だと思います。我々がそのための架け橋の一つになれれば幸いです」
SHCでの出会いから始まり、3選手の練習参加、宮本の期限付き移籍、さらに今後へのビジョンを共有するなど、デインズやACAFPと浦和はどんどんつながりを深めている。戸苅は両クラブの関係を「日本がもっとサッカー大国になっていけるように、スポーツで健康で豊かな社会になっていけるように、お互いに享受し合えるもの」だと感じている。
「世界の人にも『Jリーグをもっと見よう』と言いたい」
では、両者の関係は今後どのように発展していくのだろうか。両氏はそれぞれの視点で将来像を描いていた。
戸苅「我々の取り組みは、選手の成長のきっかけや活躍の場を作ること、指導者の成長のステップアップのチャンスにもなると思います。そしてクラブスタッフ、ひいてはクラブ全体の成長にもつながるでしょう。お互いの情報を共有していくことで、ともに成長を促進させていければと思っています」
小野「浦和は本当にすごいと思います。埼玉スタジアム2002には『アジアのアンフィールド』になれると思っているくらいです。あれだけ多くのファン・サポーターを引き寄せ、熱狂的な感動の渦を生み出せるクラブは世界にいくつあるでしょうか。
また、戸苅さんを始め、クラブには新しいチャレンジをしていく柔軟なマインドをお持ちの方々がいます。これはプロサッカークラブに限らず、経営として前に進んでいくうえで大事なことです。『サッカー』や『クラブ』だけを見ることがサッカークラブ経営ではないですから」
戸苅「褒めすぎですよ(笑)」
小野「デインズのスタッフにも、ACLのチャンピオンクラブがどういった形で運営されているのか、どのようにしてあの埼スタの熱狂が生まれるのかを見せたいんです。日本では『Jリーグから海外へ』という視点で語られることが多いですが、僕は世界の人にも『Jリーグをもっと見よう』と言いたい。だからこそ『アジアのプレミアリーグ』としてもっと目立ってほしいですし、浦和にその先頭を切ってもらいたいと思っています」
戸苅「ACAFPが取り組んでいる事業は、日本サッカーのこれからを考える上で重要になってくると思っています。『世界に開かれた窓になる』のが浦和レッズの理念の一つでもありますので、我々はACAFPや小野さんの取り組みからいろいろなことを吸収させていただき、それを地域に還元していきたいです」
小野「私は私でデインズを基点としたMCOをビジネスとして成り立たせたいと考えています。欧州だから、日本だからといった前提条件に縛られることなく、普遍的な経営モデルを作り出すことが我々にとっての大きなチャレンジです。
もしこの挑戦がうまくいって、熱狂の渦を生み、自国や自クラブのサッカーが強くなっていくことにつながるのは、みんなが望むところだと思います。そのための道筋を整理することも我々に課された使命でしょう。もちろん浦和のような地元で愛され、多くの企業やファン・サポーターに支えられ、結果も出しているクラブから学ぶことはたくさんあります。
我々としてはやるべきことを徹底してブレずに続けていき、その過程で浦和やJリーグとの接点が増えていけばいいですね。MCOもデインズ、スペインのトレモリーノスに続いて3つ目、4つ目のクラブが増えていく予定なので、輪が広がったことで生まれる連携や取り組みもあると思います。そうやって成長していく中で、一緒にできることが増えていけばうれしい限りです」
(C)KMSK Deinze
[(C)KMSK Deinze]
日本代表を率いる森保一監督は、Jリーグが「この30年で、世界で最も成長しているリーグ」としつつ、「世界のトップリーグを追い越すにはまだまだやらなければいけないことがある」とも述べる。そのうえで「海外に行かなければ成長できないのではなく、海外にいても、日本にいても同じ成長ができる中で、どのクラブでプレーするのかを選んでもらえるようなリーグに」とJリーグ31年目以降のテーマを掲げた。
浦和とACAFPの関係には、今よりもっと魅力的なJリーグを目指すうえでのヒントが詰まっていそうだ。日本やアジアの枠を超えて進化していくためにも、両者の取り組みがどのように発展していくかは重要な意味を持つだろう。
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