旗手は、2020シーズンより順天堂大学から川崎フロンターレで正式にプロキャリアをスタート。2シーズンを過ごした川崎Fでは、MF三笘薫やMF守田英正、MF田中碧といった日本代表の常連たちと共に黄金期を築き、リーグ連覇を達成。2021-22シーズンの冬にスコットランドの名門・セルティックへ移籍すると、加入後すぐに主軸に定着。移籍初年度は、スコットランドリーグとリーグカップを2冠、2年目の昨季は国内タイトル3冠に加え、自身も初のベストレブンに選出され、プロ入り後は数々のタイトルを手にしてきた。
この日本とスコットランドで過ごしてきた4シーズンでリーグ制覇しか経験していないことに内田氏が気づくと、「そんな選手っている!?すごいね。全部成功しているじゃん。優勝しかしていないなんて…」と驚きを隠さなかった。
そんな順風満帆に見えるキャリアを歩んでいる旗手だが、プロに入る前と入った後に2つの挫折を経験したと言う。
旗手は静岡学園高校出身。高校卒業時に「(プロからの)オファーはなかった」ことを明かし、順天堂大学への進学を決断した。高校時代は1学年上の試合にも主力として絡み、2年生の時に全国高校サッカー選手権にも出場。3年時には10番をつけていたが、インターハイ直前に10番を剥奪され、スタメンからも外されるという挫折を味わった。
当時を振り返った旗手は、「(選手権の時に)ベストイレブンに選んでもらって合宿して海外遠征する機会があった。海外にはいけなかったが、その時に一個下で高校3年生のメンバーに選ばれていたので、多分天狗になっていたところがあった」ことを明かし、「それを監督が気づいていて、選手権が始まるちょっと前に『お前はいらない』と言われ、スタメンも外された。当時は何が原因かもわかっていなかったので、何でだろうと…」と挫折を経験した。
ただこの経験があったことでその後は、「常に自分にベクトルを向けて周りとの評価を気にせず、常に自分にベクトルを向けていこう思った。悪い態度を出すことでチームメイトにも迷惑がかかるし、チームの士気も下げてしまう。そういうところは当時は分からなかったが、今ではその経験があったから気づけた」と自身の糧となっているようだ。
もう一つの大きな挫折は、カタールW杯でのメンバー落選だ。セルティックでの活躍ぶりに旗手のメンバー入りを待望する声も多かったが、最終的にはメンバーに入らず、悔しさを味わうことになった。
「新シーズンが始まってチャンピオンズリーグでもプレーしていて、代表の実績はなかったけど、個人のレベルがすごく上がったという感覚はあった。なので、9月の代表期間で少しでも時間をもらえれば、自分の力を出せると思っていた」。
ただ昨年9月のW杯前最後の欧州遠征でラストチャンスとして日本代表に選ばれていたが、アメリカ戦、エクアドル戦ともに出場の機会が与えられず、「そこで出られなかったので、これは入らないんだろうなと自分の中ではあった」と言う。
すると内田氏が2010年の南アフリカ大会でメンバーには選ばれたものの、出場できなかった自身の経験と重ね合わせ、「まだ自分にはレベルが達していないんだなと切り替えて頑張るようにした」と語り、「まだチャンスはある。代表に呼んでもらって活躍して、次はワールドカップに出場してさ、あの時があったからと言えるようになって欲しい」とエールを送っている。
その他にも番組内では、昨季、初めてのチャンピオンズリーグの舞台での経験やその経験を踏まえての自身の変化についても語られている。
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