フットサル日本代表は、9月27日に開幕するAFCフットサルアジアカップで、2014年以来3大会ぶり4回目の優勝を狙う。代表チームを率いるのは、2021年11月に就任した木暮賢一郎監督。日本代表の元エースが指導者として挑む初のアジアカップは、明確に“タイトル奪還”を掲げる。木暮監督に、決意と日本の現在地を聞いた。
フットサル日本代表が掲げる2つの目標
──木暮賢一郎監督は、昨年11月にフットサル日本代表監督に就任しました。その際に掲げた目標や、どのようなチームにしたいかといったコンセプトを教えてください。
大きく2つあります。一つは、代表チームとして今まで以上の成績を収めること。具体的には、2014年以来となる、アジアチャンピオンに返り咲くこと。そして、ワールドカップでは、これまでの最高がベスト16なので、ベスト8、4以上の成績を収めることです。
もう一つは、子供たちに夢を与えられる存在でありたいということです。僕が代表選手になった当時はFリーグもなかったですし、小さい頃からフットサルをしているとか、『フットサル選手になりたい』という選手がたくさんいる時代ではありませんでした。ですが今の若い選手は小さい頃からフットサルをプレーしていたり、小さい頃からフットサル選手を目指していたりする世代です。
私はアンダーカテゴリーの代表も監督をしているので、そうしたフットサル界の変化を実感しています。代表チームが結果を残し、見に来てくださる方がフットサルに興味を持ってくれ、ファンが増え、そして子供たちが『将来フットサル選手になりたい』と思ってもらえるような存在になれる代表チームでありたいです。結果と振る舞い。その2つを大きなコンセプトとして持っています。
──代表チームが目指すプレースタイルはどんなものでしょうか?
私が選手の時代から10何年、代表チームがクラブチームのような存在だったのかなと思います。毎月、代表合宿があって、代表のコンセプトを理解して、チームを強化していくというフェーズが続いていました。そこから次のステップに進むという意味でも、国内キャンプで複数の選手を呼んで理解を深めるというよりも、FIFAデイズ期間の国際ゲームなどを通して、その時のベストな選手や、その時に必要なプラン上の選手たちを呼び、誰を選んでも短時間で代表チームとしてどの国とも戦えるようになること。これを意図的につくり出す必要があると思っています。
私なりのゲームアイデアがありますが、それを理解させるために時間を使うのではなく、選手が本来持っているもの生かして、リーグを含めた日常で発揮しているクオリティとゲームアイデアを融合させる。もちろん、然るべきタイミングでは、長期間の合宿も必要ですけど、いい選手たちをピックアップすればいい戦いができるということが、代表チームのあるべき姿だと思っています。最初のフェーズとして、こうした考え方を打ち出しています。
──木暮監督は日本代表の「プレーブック」を選手に渡して、そのコンセプトをインプットし、理解することで、代表に来たら代表のプレーができるようにしている、と。
プレーブックは非常に多くの情報がありますから、全てを選手に渡しているわけではありません。その時のプランニングに必要なものや、時の選手の特性に合わせて情報のボリュームをコントロールしています。代表チームが進んでいく上で必要なもの、我々コーチングスタッフが持っている原則に関しては膨大な量があります。ただあくまでそれは、私のゲームアイデアだけでなく、Fリーグで繰り広げられる日常をベースにしたものです。
アジアにはどのような国があり、ヨーロッパや世界各国のフットサルのトレンドはなにかなどをしっかりと分析したものとアイデアを加味して、今の日本フットサルにはどんなコンセプトが必要で、なにを強化するべきなのか、なにがストロングポイントなのか。それらを踏まえてプレーブックに落とし込んでいます。
──木暮監督はこれまで、「相手陣内でプレーする時間を長くする」というコンセプトを話していました。それはどういったことを指し示すのでしょうか?
世界におけるゴールの内訳は、10m×10mのゾーンで生まれるものが80数パーセントです。ただし、日本が前回のW杯で、そのゾーンから奪ったゴールはほとんどありません。ということは、ゴールを奪うためにそのゾーンにボールを数多く運ばなければいけません。そしてボールだけではなくて、人もそこに運ばないとゴールを奪うのは非常に難しくなります。逆に言えば、そのゾーンにボールを運ばれる回数が多いと、失点の確率が高くなりますから、ゴールを決められることを防ぐ意味でも、相手コートにボールも人もしっかりと入っていけることが重要だと捉えています。
私自身、選手として経験してきましたが、強豪国相手に拮抗した展開をつくれても、フィニッシュに持ち込めず、攻撃が単発になったり、人数をかけられなかったりしました。ブラジルやスペインはそれでもゴールを奪えるタレントを揃えていますが、守備に追われ、数少ない攻撃チャンスでパワーが残っていなかったり、人数がいないことで2次攻撃ができなかったりする課題がありました。ですから、そうならないためにも相手コートで長い間プレーするというのが、一つの指標となると考えています。
アジアカップは日本のプライドを示す大会
(C)AFC
──木暮監督は選手としても、コーチとしてもアジアカップを何度も経験してきましたが、改めてどのような位置付けの大会なのでしょうか?
日本フットサルの歴史で言うと、“それが全て”と言ってもいいような時代から始まっています。もちろん、大きな目標としてのW杯はありますが、その前にまずアジアでチャンピオンになること。もっと言えば、『イランに勝ちたい』という目的が1999年から始まって、初めてイランに勝ったのが2006年大会でした。
私が初出場したのは2001年ですが、当時はイランに手も足も出ず、2-8で負けたこともありました。ですから最初は、『イランに近づきたい』『イランと戦うために代表に入りたい』というものが、選手たちのモチベーションでした。その頃はアジアカップが毎年開催されていたので、0-6、4-6、3-5、0-2とその差を近づけ、2006年にやっと追い越すことができました。『初めて先制点を奪った』といったことでさえ、一つの過程にありましたね。とはいえ、過去15回にうち、日本が王者になったのは3回だけ。残り12回はイランが優勝しています。つまりアジアカップとは、イランと日本しか優勝していない大会です。
ですから『イランに勝ち切るのは、我々日本だ』という重要な位置付けの大会。選手が入れ替わっても、監督が交代しても、時代が移り変わっても、引き継がれてきたもの。アジアカップとは、日本のプライドをかけて臨むべき、重要な大会だと思います。
──イランが突出していて、追いかける存在として日本がいて、時に上回るという構図が続いていますが、同時に、アジア全体のレベルもかなり上がっているように見えます。木暮監督は現在のアジアの隆盛や勢力図をどのように捉えていますか?
レベルが上がったことは間違いなく、10年前には上位に名前がなかった国が勝ち上がっている事実はあります。アジアでは一時、スペイン人監督があらゆる国を率いるなかで各国のレベルを引き上げてきたという事象もありますし、ヨーロッパでも新しい国が台頭してきています。ただし、積み重ねてきたプライドは変わってはいけないと考えています。
日本としては、『他国が上がってきても、それを打ち破るのが日本である』というスタンスが必要です。例えば私自身、タイ代表には一度も負けたことがありません。もちろん、驕ってはいけないですし、相手へのリスペクトはありつつも、レベルが上がってきた相手を、“同等”と捉えてはいけません。南米で言えばブラジルとアルゼンチン、ヨーロッパで言えばスペインとポルトガル。アジアで言えばイランと日本。そういった、大陸を主導する国がプライドを持って戦う必要があると思っています。
──では、今大会のイランについてはどのように分析していますか?
多くの国が、“ポストW杯”というなかで監督が交代したり、世代交代が急務になったりする国があります。アジアでは、ウズベキスタンがもっとも早く世代交代に着手し、前回のW杯を迎えていました。おそらく、昨年のW杯に出場した選手の平均年齢は26、7歳です。日本は30歳を超えていました。イランも同じような状況に直面していますし、タイもそうですね。一つの時代がW杯で終わりを迎えました。この先、どこで差が出るかと言うと、自国リーグの競争力や、どれだけいい指導者がいるか。その辺りがアジアカップで問われると思います。私自身、Fリーグが長年積み上げてきた成果を感じていますから、我々も世代交代を図る最中にありつつも、当然チャンピオンになれる。それに値する代表チームだと思っています。イランも同じ状況にあると思っていますので、そういう意味では、イランは常にイランだと思っています。またシャムサイーに会えることを楽しみにしています。
──シャムサイーは、イランで長い間エースとして君臨した選手です。当然、木暮監督とは選手時代に何度も対戦しました。その彼が今、イランを率いているんですね。
そうですね。彼と監督として対峙することには、個人的にも歴史を感じます。ウズベキスタンの監督も私が選手時代に10番を背負った選手でしたし、彼はすでに昨年のW杯で指揮を執っています。アジアのフットサルにとっても興味深いトピックの一つですね。
アジアで勝つためのコツは明確に存在する
(C)AFC
──木暮監督は2006年の初優勝をエースとして、2012年の2回目をキャプテンとして経験しています。日本が4回目のアジア王者となるためのポイントは?
一つは、大会に慣れる必要があるということです。私たちのメリットがたくさんあるわけではないと思っています。オリベイラ・アルトゥールにしても、W杯は出ていますけどアジアカップは初めて戦います。今回のメンバーで過去にアジアカップを経験した選手は、ピレス・イゴール、吉川智貴、清水和也、内村俊太の4名だけです。
アジアカップは中1日で最大6試合が行われますし、様々なスタイルを持った国と戦うことになります。Fリーグで見られる戦術は世界的にもスタンダードの範疇ですが、アジアの国には、その枠に収まらないオリジナルなものであったり、日本では起こり得ないような戦い方をしてきたりするチームがあります。それは、ブラジルと戦うこととも異なりますし、アジアで勝つためのコツは、明確に存在していると思います。
私もそうですし、一緒に代表で戦ってきた高橋健介コーチを含めて熟知しているつもりですが、選手がそれを感じながらプレーすることがポイントになると思います。特に準決勝、決勝に関しては、普段の日常と変わらないゲーム展開や、エモーショナルな試合になると思いますが、実はそこにたどり着くまでに難しさがあります。実際、東アジア地区予選でもそういったことを感じました。私自身の経験も非常に重要になると思っています。
──本大会へ向け、ブラジルという世界最高のチームと国内で2試合を戦いました。この経験を通して、アジアカップへ向けた手応えを感じていますか?
ブラジルという世界トップの国との戦いを本当に望んでいました。今回の対戦から日本が強くなるのは明白な事実と言いますか、日本はこれまでも、そういった歴史を歩んできました。勝つためにベストを尽くしながら2敗した現実はありますけど、ブラジルと戦わないと学べない、体感できないことがあります。それは若い選手、初めての選手、新しいグループで、なおかつアジアカップ前に経験できたことは非常にポジティブだと思っています。
間違いなくこの2試合の体感スピードや、ブラジルがやってきたものがアジアカップに生きて、チャンピオンになれると確信しています。イランはブラジルに似ています。戦術的な違いはありつつも、個の部分が非常に高い選手が揃っていますから、ブラジル戦は“仮想イラン”ということにおいても、我々に大きなメリットになったと感じています。
──今大会はDAZNで中継もあります。フットサルそのものの見どころ、そして「木暮ジャパン」で注目すべきポイントなどを教えてください。
フットサルのわかりやすい特徴として、スピーディーな展開とゴール前の攻防が常にありますし、我々は多くのゴールを奪うことに力を入れています。ブラジル戦からの改善はもちろん必要ですが、観客のみなさんにはゴールを期待してもらいたいと思います。
世界のトップになるためにはまず、アジアの中で圧倒的な違いを見せることが必要です。当然、簡単ではないですが、例えば、今回のブラジルと日本の試合を見て『ブラジルは強いな』とか『日本が押し込まれている』と感じたものを、日本がアジアではやらなければいけません。そういう構図の試合を常につくれるように、いい準備をして臨みたいと思います。
──最後に、本大会へ向けた木暮監督の意気込みを聞かせてください。
8年ぶりのアジアチャンピオンになることは、私だけではなく、先輩方や関係者を含め、全ての方たちの願いだと思います。これは私が監督になってから最初の大きなミッションですし、1回目でしっかりと目標を達成したいと思っています。多くの方に代表チームを応援していただき、アジアチャンピオンになる喜びを一緒に分かち合えたらと思います。
インタビュー動画
木暮 賢一郎(こぐれ・けんいちろう)
1979年11月11日生まれ、42歳。神奈川県出身。現フットサル日本代表監督。2001年に日本代表に初めて選出されて以来、12年に渡ってエースとして活躍。フットサルW杯にも3大会連続で出場し、主将として臨んだ2012年大会では三浦知良と共にプレーした。現役引退後は指導者の道に進み、2016年にシュライカー大阪を率いてFリーグを初制覇。フットサル女子日本代表、男子アンダーカテゴリー代表監督を歴任し、2021年11月にA代表監督に就任。
インタビュー=北 健一郎(きた・けんいちろう)
1982年7月6日生まれ。北海道出身。2005年よりサッカー・フットサルを中心としたライター・編集者として幅広く活動する。 これまでに著者・構成として関わった書籍は50冊以上、累計発行部数は50万部を超える。 代表作は「なぜボランチはムダなパスを出すのか?」「サッカーはミスが9割」など。FIFAワールドカップは2010年、2014年、2018年と3大会連続取材中。 2021年4月、株式会社ウニベルサーレを創業。通称「キタケン」。
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