文・小倉茂徳(おぐら・しげのり)
モータースポーツジャーナリスト・解説者。鈴鹿サーキットと同じ1962年生まれ。1987-88年ホンダのF1チームの広報スタッフとしてF1を転戦。以後、現職に。子供向けにレーシングカーの仕組みと面白さを伝えながらSTEM教育への入り口となるレクチャーも行っている。2016年からは、スポーツのネット配信DAZNのF1解説を担当。
明らかに速いホンダPU勢
開幕前のテストから2週間。やっと2021年のシーズンが開幕しました。
3月12日~14日まで行われたプレシーズンテストに続いて、開幕戦でもレッドブルとアルファタウリのホンダパワーユニット勢が好調でしたね。
予選ではレッドブルのマックス・フェルスタッペンがポールポジションを獲得。5位にアルファタウリのピエール・ガスリー、11位にレッドブルに新加入のセルジオ・ペレス、13位にアルファタウリのルーキー角田裕毅がつけました。
ホンダ勢の4台は総じてストレート区間でとても速く、とくに最終コーナーからフル加速したところで計測されるフィニッシュラインのスピードでは、角田とガスリーが1位と2位、ペレスとフェルスタッペンが5位と6位でした。マシンのセッティングにもよりますが、ストレートで速く、加速も良さそうなところから、今季のホンダのパワーユニットRA621Hの出力はかなり良いことがうかがえます。
角田は、予選のQ1ではソフトタイヤで2番手タイム。しかし、Q2でやや硬めのミディアムタイヤをつけたところ、ここでは13番手とうまくいきませんでした。予選Q2でトップ10入りをした場合、そのタイムを出した時のタイヤで決勝をスタートするというルールがあるため、決勝の戦略を考えたうえで予選Q2でミディアムタイヤをチョイスすることになったようです。
Q2では最初にミディアムタイヤでタイムアタックへと挑み、その内容が芳しくないときは確実にトップ10入りさせるため、2度目のアタックはソフトタイヤを優先して挑むのが多く取られる手段です。でも、アルファタウリチームは角田にミディアムで再びアタックさせることに。結果こそQ2でトップ10入りに届きませんでしたが、この判断にはチームから角田へ「きっとやってくれるだろう」というような信頼と期待の高さも感じ取れました。
一方、公式テスト時点でやや苦しんでいたメルセデスチームは、ルイス・ハミルトンとバルテリ・ボッタスが2位と3位につけて、2週間弱の間に進化してきた様子を見せましたね。ただ、トップのフェルスタッペンと2位ハミルトンの間には0.388秒もの差がつき、メルセデスは開幕戦の予選時点では昨年のような絶対的な速さを示すことできませんでした。
フェルスタッペンvsハミルトンの死闘
このフェルスタッペン対ハミルトンの対決は、決勝でも最初から最後まで続きました。
フェルスタッペンはマシンのリヤに不調を抱えていたようです。チームは詳細を発表しませんでしたが、フェルスタッペンはコーナーを大きく回るときもありました。こうしたところから、メルセデスチームはフェルスタッペンがディファレンシャルに問題を抱えていると見立てたのでしょう。
ディファレンシャルとは、パワーユニットからの出力を左右の後輪に分配するものです。左右の後輪がコーナーの内側と外側になるとき、左右それぞれタイヤの通過する軌跡、通過する距離が異なります。
その違いによって起きるタイヤの回転差にうまく対応してパワーを配分するという装置で、コーナーをスムーズに通過するためにこの働きが機能しています。また、コーナーを出てフル加速するときには、左右タイヤの回転軸を直結させるようにして、加速性能を高める効果も。
ディファレンシャルが不調になると、スムーズなコーナリングがしづらくなり、リヤタイヤへの負担と消耗が大きくなります。その機能性に問題が発生すると、コーナーで大回りになるケースが起こり得るのです。
それでもポールポジションのフェルスタッペンはスタートからトップを走り、ハミルトンとの差を広げていきました。
ハミルトンは28周目に2度目のピットストップを行いました。これはハードタイヤでゴールまで走りきる作戦となります。
一方、フェルスタッペンは39周目に2度目のピットストップをし、ハミルトンと同じハードタイヤに交換。ハミルトンのタイヤはフェルスタッペンより11周多く走っていたこともあり、レース最後までタイヤの性能を維持できるか? という不安がありました。
フェルスタッペンはハイペースのラップを連発してハミルトンを猛追。7秒あった差をぐんぐん詰めます。ついに53周目にはターン4でフェルスタッペンがハミルトンを抜き去りました。
ところがその直後、フェルスタッペンはハミルトンにトップを明け渡します。フェルスタッペンは追い抜きの際にコース外を通過していました。コース外を通過しての抜き去りは正当と見なされない決まりにしたがい、チームはフェルスタッペンに対して一度順位を下げるよう指示した模様です。
このあとフェルスタッペンはタイヤが厳しくなり、最後までハミルトンを再び抜くことはできませんでした。タイヤ交換直後にハイペースを連発したことで、タイヤの寿命を短くしてしまったようです。また、ディファレンシャルの不調がそれを助長してしまったという可能性もあるかもしれません。
ハミルトンは巧みな走りを見せ、最後の最後までフェルスタッペンから逃げる余力をタイヤに残していました。ピットストップのあと、速いラップタイムとやや抑えたラップタイムをうまく混ぜることによってタイヤの寿命を延ばしていたのですから、まさに驚くべきレース巧者ぶりです。
手負いのマシンでも速さを見せたフェルスタッペン。一方、ペースではやや劣っていたものの、タイヤをうまく長持ちさせるテクニックを駆使したハミルトン。まさにトップドライバーの2人が生み出した名勝負と言えるものでした。
各ポジションで名勝負が展開
このレースで名勝負といえば、角田裕毅の躍進ぶりも欠かせません。
24周目には2010年~2013年の4年連続チャンピオン、セバスティアン・フェテルを。26周目には2005年、2006年と2度チャンピオンになったフェルナンド・アロンソを、角田得意のブレーキングにより、ストレートエンドの1コーナーで見事に抜いていきました。
その直後、28周目には2007年のチャンピオン、キミ・ライコネンをターン3~4までのDRSゾーンでパス。今4人いるチャンピオン経験者のうち、3人を立て続けにオーバーテイクしました。これだけでも、世界じゅうのモータースポーツファンに衝撃を与える活躍だったと言えるでしょう。
さらに、最終ラップでもアストン・マーティンのランス・ストロールを抜いて9位になりました。F1での日本人のデビュー戦最上位は1987年の中嶋悟と1997年の中野信治の7位となります。ですが当時はポイントシステムが現在と異なり、入賞は6位までのルールでした。
また、2009年には小林可夢偉が初の決勝で9位でしたが、当時の規定では8位までが入賞。角田は日本人ドライバーとして初のデビュー戦入賞となりました。
13番手スタートからの9位フィニッシュという内容を考えると、今後スタート位置がより前へとなったときにどこまでいくのか、角田は世界がさらに注目する存在となりました。
さらに、開幕戦では注目すべき勝負が随所にありました。レッドブルのセルジオ・ペレスは、スタート前にマシンの電源が落ちてしまい、ピットからの最後尾スタートに。それでもここからどんどん追い上げ、5位でゴール。ペレスは新天地レッドブルに来ても、確かな速さと強さを見せています。
また、今回の決勝ではランド・ノリスが4位、ダニエル・リカルドが7位と、マクラーレン勢が昨年を上回る速さになっていることをうかがわせました。そして、6位のチャールズ・ルクレール、8位のカルロス・サインツとダブル入賞を果たしたフェラーリも不振の昨季から大きく改善されたと言えそうです。
とても興味深い2021シーズン
開幕戦ではコース上の至るところで接近戦とバトルが繰り広げられる、白熱した展開となりました。
そして、開幕戦では見事なテクニックを見せて優勝こそしたものの、ハミルトンとメルセデスは昨年までのような独り勝ちが、そう簡単にできない状況になったとも言えるでしょう。もしフェルスタッペンのマシンに問題がない状態だったら、どうなっていたのかとても興味深いですね。
そして角田は予選順位がもっと上だったら、どこまで行くのだろう? チャンピオンたちをしとめた見事な追い抜きを再び見せてくれるだろうか?
マクラーレンやフェラーリ、アルファロメオ、アルピーヌなど、各チームの力関係は? などなど、ワクワクドキドキはさらに増幅され、第2戦以降に持ち越されます。
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チーム・ドライバー
日程・番組表
レース | フリー走行・予選 | 決勝 | |
---|---|---|---|
第1戦 | バーレーンGP | 3月26日(金) ~27日(土) | 3月28日(日) |
第2戦 | エミリア・ロマーニャGP | 4月16日(金) ~17日(土) | 4月18日(日) |
第3戦 | ポルトガルGP | 4月30日(金) ~5月1日(土) | 5月2日(日) |
第4戦 | スペインGP | 5月7日(金) ~ 8日(土) | 5月9日(日) |
第5戦 | モナコGP | 5月20日(木) ~22日(土) | 5月23日(日) |
第6戦 | アゼルバイジャンGP | 6月4日(金) ~5日(土) | 6月6日(日) |
第7戦 | フランスGP | 6月18日(金) ~ 19日(土) | 6月20日(日) |
第8戦 | シュタイアーマルクGP | 6月25日(金) ~26日(土) | 6月27日(日) |
第9戦 | オーストリアGP | 7月2日(金) ~ 3日(土) | 7月4日(日) |
第10戦 | イギリスGP | 7月16日(金) ~ 17日(土) | 7月18日(日) |
第11戦 | ハンガリーGP | 7月30日(金) ~31日(土) | 8月1日(日) |
第12戦 | ベルギーGP | 8月27日(金) ~28日(土) | 8月29日(日) |
第13戦 | オランダGP | 9月3日(金) ~ 4日(土) | 9月5日(日) |
第14戦 | イタリアGP | 9月10日(金) ~ 11日(土) | 9月12日(日) |
第15戦 | ロシアGP | 9月24日(金) ~25日(土) | 9月26日(日) |
第16戦 | トルコGP | 10月8日(金) ~ 9日(土) | 10月10日(日) |
第17戦 | アメリカGP | 10月22日(金) ~ 23日(土) | 10月24日(日) |
第18戦 | メキシコGP | 11月5日(金) ~ 6日(土) | 11月7日(日) |
第19戦 | サンパウロGP | 11月12日(金) ~ 13日(土) | 11月14日(日) |
第20戦 | カタールGP | 11月19日(金) ~ 20日(土) | 11月21日(日) |
第21戦 | サウジアラビアGP | 12月3日(金) ~ 4日(土) | 12月5日(日) |
第22戦 | アブダビGP | 12月10日(金) ~ 11日(土) | 12月12日(日) |