衝撃的だったプロ初本塁打のグランドスラム
あの衝撃的なホームランの記憶はいつまでも色褪せない。
9月5日のバファローズ戦。鷹の新星、リチャードがPayPayドームで放ったプロ1号の逆転満塁本塁打だ。
「あの打席は、人生で一番集中していました」
左中間スタンドにつくられた「ゼンインヒーロー」の黄色い文字の「ヒ」の部分へ弾丸のような打球が突き刺さった。
リチャードが吠えた。打席から走り出した瞬間に声を上げた。確信の一発だ。
一塁を回る手前で着弾を見て、また吠えた。満面笑顔ではなく興奮が収まらない様子。その後も何度も、何度も気合のこもった声を上げながら足早にダイヤモンドを一周した。そして、ベンチに戻り仲間たちと喜びを分かち合うと、カメラマン席の手前で、裏返った声で「どすこーい」を決めた。毎オフの自主トレでお世話になっているライオンズ・山川穂高との約束だった。
この日は最初の打席の中犠飛でプロ初打点をマーク。そして終盤の7回にはもう一発レフトへ本塁打を放った。2発6打点の大暴れで、プロ初安打の前試合に続いて2日連続のヒーローインタビューを受けた。
その後もリチャードは自分のバットで居場所を確立しようとしている。7日のライオンズ戦ではチームが苦手としている高橋光成から2点タイムリーヒット。11日のファイターズ戦ではライナー性の鋭い打球を広い札幌ドームの左翼スタンドに突き刺した。
今月2日の一軍デビューから8試合を終えた時点で3本塁打、10打点。このいずれも、柳田悠岐や栗原陵矢をも上回る月間チーム2冠の成績だ。打率は.222と少し寂しいが、それ以上のインパクトを残してくれている。
きっかけを掴んだ三軍での活躍
チームとしては苦しい戦いが今季は長く続いている。
こんないい打者が居たのに、なぜもっと早く昇格させなかったんだと熱(いき)り立つファンの声を耳にすることもある。筆者自身もそう考えた時期があった。しかし、前半戦の頃は上がらない理由も、上がれない理由もファーム取材に行く中で確かに感じていた。
一時絶不調だった。6月中旬以降に二軍戦で40打席ノーヒットのどん底を味わった。
「その間、四球で出塁したのも1度しかなかった(実際は4四死球)。ベンチと守備位置と打席を行き来するだけでした」
思い悩み「野球が楽しくねぇな」と気持ちが折れかけたが、藤本博史二軍監督に「三軍へ行かせてください」と直訴。7月3日の三軍戦に「1番・指名打者」で出場すると最初の打席で中前打を放って出塁した。
「久々に塁に出られて『盗塁でもしてみようかな』と思うくらい、一気に楽しくなった」
その後二塁打を放ち、4打席目ではホームランをレフトへ放り込んだ。この4打数3安打をきっかけに、二軍に戻ると再びバットから快音が聞かれるようになった。
ビッグベイビーがみせた確かな成長
しかし、昇格しなかった理由はこのように目に見えるような不振だけが原因ではなかった。前半戦のリチャードは極端に四球数が少なかった。昨季もファームで本塁打、打点の二冠王に輝くような強打者だから、相手投手はまともに勝負をしてこないはずだ。
それについて、大道典良二軍打撃コーチに訊ねたことがある。すると苦笑いをしながらこう答えてくれた。
「フルカウントまでは持っていくんだけど、最後は必ずと言っていいほどボールゾーンへ落ちる球を空振りする。『相手はオマエを怖がっている。そんなカウントで真っ直ぐは投げてこないぞ』と言っても、なかなか直らないんだよ」
ただ、その悪癖は、今は随分と改善されているようだ。
件のプロ1号満塁ホームランの場面。打ったのはフルカウントだった。この打席の7球目が外れて3ボールになった後、リチャードは主審にタイムをお願いしていた。ヘルメットを脱いで、汗を拭いながら、頭の中をしっかり整理していたのだった。
「相手は増井(浩俊)さん。三振をとりたいならフォークかスライダーがくる」
そして勝負に戻った。しかし、来たのは149キロのストレート。「なんか、『あっ』て感じで」振り抜いた。結果的に、それがコンパクトなスイングにつながったのかもしれない。リチャードの打球はそれでも遥か彼方へ飛んでいくのだ。
つい先日、ファーム取材に行った際に大道二軍コーチにまた話を聞いた。
「リチャードのコメントは見ましたよ。あいつらしいよね(笑)。だけど、変化球が来るかもしれないって考えていたんでしょ。十分な成長ですよ」
また、リチャードについて「あいつは『ビッグベイビー(大きな赤ちゃん)』だから」と笑ったのは藤本二軍監督だ。
「沖縄育ちもあってか、もともとマイペースな男でね。すぐ自分に妥協しようとするところがあった。二軍コーチ時代に見ていた入団したばかりの柳田もマイペースではあったけど、あいつは文句を言いながらも試合後に1、2時間バットを振っていた」
藤本二軍監督にはどこか頼りなく映っていたリチャード。今年8月、エキシビジョンマッチでは全9試合に4番起用されながら後半戦二軍スタートとなった時、ファームに戻ってきて明らかに落ち込んでいる姿が分かった。2人だけの時間を作り「ファームには『調整』で戻ってきたんじゃないぞ。まだまだ実力が足りなかったということやないのか。もう一回ココから這い上がらんかい」と叱咤した。リチャードの心に、それがもの凄く響いたという。
「僕の心に火がつけさせてくれました」
リチャードはプロ初安打を放った直後の取材で、感謝の気持ちを述べていた。
今季ペナントも残り試合が少なくなるにつれて順位争いが白熱してきた。ホークスの立ち位置は確かに厳しいが、昨年のように終盤戦の一気の大型連勝があれば形成はあっという間に逆転できる。
長いペナントレースを安定して戦うには投手力がモノをいうが、勢いづくにはやはり攻撃力だ。リチャードはもってこいの打者である。ロマン砲のひと振りで雰囲気がからりと変わることは証明済み。豪快アーチで、鷹を上昇気流に乗せることができるか。
文・田尻耕太郎
1978年生まれ、熊本市出身。法政大学卒。ホークス球団誌の編集を経て、2004年夏にフリーに。一貫して「タカ番」スタイルの現場主義を大切に取材活動を続けており、2021年にちょうど20年目のシーズンを迎えた。「Number」など雑誌・ウェブ媒体への執筆のほか、ラジオ出演やデイリースポーツ特約記者も務める。
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