昨今のMLBでは“ユーティリティプレーヤー”が重宝されている。ユーティリティとは辞書的な意味で言えば「役に立つ、有用性」で、その名の通り、とにかくチームの「役に立つ」存在として目立たないながらもその貢献度は計り知れない。
ユーティリティプレーヤーの定義は曖昧だが、ざっくり言うならば「複数のポジションを守れる選手」で、遊撃・二塁・三塁の内野3ポジションをこなす選手がいれば、内外野問わず守れる選手もいる。これまでは決まったポジションを与えられていない選手というネガティブな見方もあったが、故障や不調で戦列を離れた選手の穴埋め役としても頼りになる存在で、ようやく日の目を浴びるようになってきた。
その証拠に、MLBでは2022年シーズンから、ゴールドグラブ賞とシルバースラッガー賞にユーティリティ部門を設けている。オリックスに入団したマーウィン・ゴンザレスも、メジャーでは色々な意味で名の知れたユーティリティプレーヤーだった。
ダルビッシュ有の大記録を阻止
ゴンザレスはベネズエラ出身の34歳。プロ入りは2005年で、16歳の時に国際フリーエージェントでシカゴ・カブスと契約した。6年間のマイナー生活を経て、11年オフにボストン・レッドソックスを経てヒューストン・アストロズに移籍し、翌年4月に念願のメジャーデビューを飾った。
ルーキーイヤーから打撃は平凡ながら遊撃を中心に三塁と二塁でも先発出場するなど、便利屋ぶりを遺憾なく発揮。3年目以降は外野にも足を伸ばし、キャリア通算では遊撃(242)・一塁(140)・三塁(103)・二塁(97)・左翼(90)の5ポジションで90試合以上に先発し、右翼でも43試合に先発出場している。また、スイッチヒッターゆえに、相手投手の右/左に左右されないのも魅力のひとつだ。
そのゴンザレスは、2つの出来事で球史に名を残している。1つ目は日本のファンにもお馴染みのシーンだ。13年4月2日、テキサス・レンジャーズの先発マウンドに上がったダルビッシュ有(現サンディエゴ・パドレス)は、ストレート、変化球ともにキレッキレで、スコアボードにゼロを並べていく。そのゼロはイニングだけでなく、「H」と「E」にも及び、1人の走者も許さないまま9回裏を迎えた。
8回を終えて14奪三振で完全投球。もし9回も3人で抑え、1人から三振を奪えば、「完全試合における最多奪三振のメジャー新記録」という異次元の投球になるところだった。ダルビッシュは2人の打者を打ち取り、日本人投手初の完全試合達成まであとアウト1つというところまでこぎつけ、最後の9番打者と対峙する。そのバッターこそが、ゴンザレスだった。
結果はご存知の通り、初球を叩いたゴンザレスの打球は無情にもダルビッシュの股の下を抜け、完全試合の夢は露と消えた。
当時のアストロズは3年連続でシーズン100敗以上と暗黒期の真っ只中で、当日もホゼ・アルトゥーベ以外は峠の過ぎたベテランや伸び悩み中の若手がほとんどという脆弱ラインナップだったが、それでも「なぜよりによってゴンザレスに」と悔しさをにじませたファンも多かったはずだ。
1つ目はある種の武勇伝だが、2つ目は球史に残る黒歴史の片棒を担いだ件だ。暗黒期を乗り越えたアストロズはその後煌びやかな黄金期を迎え、2017年には球団創設以来初となるワールドシリーズ制覇を成し遂げた。その中でゴンザレスは内外野5ポジションで先発出場の通常運転に加え、苦手の打撃でも打率.303・23本塁打・90打点・OPS.907とほぼすべてのスタッツで自己ベストを大幅に更新する大当たりを見せた。
ただ、今ではその狂い咲きは、実力でもまぐれ当たりでもなく、“ゴミ箱”のおかげという見方が強い。
ワールドチャンピオンとなった2年後、優勝当時アストロズに所属していたマイク・ファイアーズ投手の告発により、チームが組織ぐるみのサイン盗みを敢行していた事実が発覚。有名な悪行と言えば、相手捕手のサインをカメラで盗み撮り、サインに応じて次の球種をゴミ箱を叩く音で打者に伝えるというものだ。
その恩恵を最も受けたのがゴンザレスと言われている。それまでのメジャー5年間の平均打率が.257、OPSが.687なのだから疑いの目を向けられても仕方ないが、本人も謝罪の言葉を口にしているのを見るに、不正の事実はあったと見て間違いなさそうだ。
翌年から打撃は元の木阿弥となったが、守備では相変わらずの便利屋ぶりを発揮していたゴンザレス。MLBで陽と陰のエピソードを刻んだ男が日本で残すのは、どちらのストーリーか。
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