阪神ファンで埋め尽くされた甲子園球場が、その時だけ静寂に包まれた。巨人の2連敗で迎えた5月28日。1点を追う7回、先頭で打席に入った巨人・秋広優人内野手(20)が、難攻不落の才木を完璧に打ち砕いた。
浜風の影響をあまり受けない超低空飛行の弾丸ライナーが黄色に染まる右翼席に突き刺さり、身長202センチの大器は悠然とダイヤモンドを回った。「気持ちいいですね」。5試合ぶりの4号同点ソロは結果的に空砲となってしまったが、真価を示す強烈なプロ初の甲子園弾だった。
帰りのバスに乗る直前、背番号55は足を止めた。「一打席一打席というのは変わらないので、そこは継続して必死に頑張りたいと思います。一打席一打席を無駄にしないようにしっかりやっていきたいです」。既に、未体験の交流戦に向けて気持ちを切り替えていた。30日・ロッテ戦から開幕。舞台は地元・千葉のZOZOマリンスタジアムだ。「プレーしたり、グラウンドに立ったりしたことはないです。家族とかと試合を見に行ったりはしていました。より一層(頑張りたい)という気持ちはあります」と胸を躍らせている。
レギュラー奪取を目標に掲げて迎えた高卒3年目の今季。1月には沖縄・石垣島で、2年連続で中田翔と合同自主トレを行って心技体を磨き上げた。2月の春季1軍キャンプでは、フリー打撃で圧倒的な飛距離を見せつけて猛アピール。しかし、実戦に入ると18打数3安打で徐々に存在感は薄くなっていった。最終クールを前に2軍降格が決定。セルラー那覇を離れる前、20歳の青年は必死に現実と向き合おうとしていた。
「実戦になると自分のスイングができなくなるというのが、課題として残って悔しい部分です。そこをもっと磨けるように、試合でも自分のスイングができるように、一番そこを重点的にやりたいなと思います。根本的にタイミングが合っていないですし、自分のイメージがそこまでできていないと思います。全てにおいてまだまだというか、自分の甘かった部分なので、もっと厳しさを持って課題と向き合いたいと思います」
唇をかみしめながら向かったジャイアンツ球場。試行錯誤を繰り返していたある日、二岡2軍監督から〝放牧〟させると言われた。2軍指揮官が当時を語る。
「いろんなことを悩んで落ちてきた。あいつをなんとかしようと(1軍)首脳陣のみんながアドバイスする中で、秋広自身がどうしたらいいか分かっていない状態で。指導されることをうまく整理できないままやってしまって。だから『30打席自分の好きなように打ってみろ』と。『こっちは特に(細かい打撃フォームのことなど)言わないから』っていう形を取った」
心の中でモヤモヤしていたものがきれいさっぱりなくなったような感覚だろうか。「二岡さんに『頭を整理できていない』という感じで言われて、本当にその通りでした。いろんな方にアドバイスをしていただいて、整理がつかないまま試合に臨んでいたところでした」と秋広。「今まで言われたことはいったん置いといて」と心身をリセットした。自分自身で考えながらタイミングの取り方をゆったり目に変え、一方で毎打席の反省を書き留めたノートを二岡監督に提出した。
「自分が思ったような形でやってみて結果もそんなに悪くなかったので、すごくいい時間になったと思います」。2軍13試合の出場で打率3割4分1厘、1本塁打、8打点。球団のレジェンドOB・松井秀喜氏がかつて背負っていた番号を継ぐ男が、ついに覚醒の時を迎えた。誰に言われるでもなく、自らの手で潜在能力を引き出したのだ。
ここまで1軍29試合の出場で打率3割4分7厘、4本塁打、16打点。4試合連続で3番を務め、6試合連続安打中と好調を維持している。「これからもヒットを重ねられるように頑張ります」。現在チームは23勝24敗で4位に沈む苦しい状況。交流戦の戦績が夏場以降の戦いに大きく影響するのは言うまでもない。成長曲線を描く背番号55のバットが鍵を握る。
文・中野雄太(スポーツ報知)
1990年5月17日生まれ。33歳。静岡県静岡市出身。2022年に報知新聞社に入社。同年11月から巨人担当。
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