「品格あるダービーにふさわしいライバルを募集中。その理由はここにある」
2011年にサンティアゴ・ベルナベウで行われたマドリード・ダービーの終盤、南スタンドのゴール裏に陣取ったレアル・マドリード(以下マドリー)の過激サポーター、ウルトラス・スルはそんな横断幕を掲げていた。試合は4-1でマドリーの圧勝。アトレティコ・マドリードは10年以上ダービーに勝てておらず、現在はもうスタジアムから追放されているウルトラス・スルは、余裕でそんな横断幕を用意することができた。
それから10年近くが経ってみると、ダービーの様子は随分と様変わりしている。きっかけはもちろん、アトレティコにディエゴ・シメオネがやって来たからだ。アトレティコは2013年のコパ・デル・レイで14年ぶりとなる勝利を収め、そこから苦手意識を払拭していくと、チャンピオンズリーグ決勝という頂点の舞台で2度対戦するまでに至った。リスボン、ミラノで行われた二つの決勝はマドリーが極限下での強さを発揮したが、しかし品格あるダービーはもう取り戻されている。
そして、今回迎えるリーガのダービーはどうだ。アトレティコは8勝2分けと絶好調で2014年以来となる優勝に突き進み、1節分消化が多いマドリーは6勝2分け3敗で彼らに勝ち点6差をつけられている。つまりこの一戦は、マドリーの逆転優勝の芽が摘まれるかどうかという様相を呈した。
変化したアトレティコ
順位表が示す通りに、今季チームとして勢いがあるのはシメオネ率いるアトレティコだ。彼らがこれまで最大の強みとしてきた堅守速攻は、相手に引いて守られれば通用しなくなるという弱点を常に伴い、シメオネはそれを解消するために何シーズンも試行錯誤を費やしてきたが、ようやく解を見つけた。今は積極的に攻め込んで、点が取れるチームになった。
アトレティコはシメオネが過渡期と称していた昨季からビルドアップで3バックになり、よりポジショナルな攻撃を仕掛けることを試みていたが、ゴール前まで引く相手を崩す決め手を欠き続けてきた。そんな過渡期を経て迎えた今季、その決め手を獲得している。現在も3バックのシステム(1-3-5-2、1-3-4-2-1)を使用しているのは変わらないが、相手をそこまで押し込まずピッチ中央付近から仕掛けのスイッチを入れるため、縦へのダイナミズムが昨季と比べて格段に増した。その攻撃を先導しているのは、ジョアン・フェリックスとマルコス・ジョレンテである。
中央の右レーンに位置するM・ジョレンテは、コケやキーラン・トリッピアーのスルーパスからまるで突風のような脅威的スプリントでもって相手のCB&SBの間を突破して決定機をつくり出す。片やJ・フェリックスは、その足元に縦パスが入れば卓越した技術ですぐ前を向いて、コケや1トップを張る選手(ルイス・スアレスやアンヘル・コレア)との連係からゴール前まで突き進む。
両ウィングバックがしっかりと幅を取る中、内側の両レーンを司っている両選手は世界屈指レベルの力量から止めようと思ってもなかなか止められない。加えて、1-0で勝利したバルセロナ戦からは4バックから3バックへの可変システムを止め、ヤニック・カラスコやトマ・レマルなどの攻撃的MFを左ウィングバックに使う3バック/5バックをデフォルトにしたことで、左からの攻撃はさらに厚みを増した。
昨季にはライン間に入り込んだコケが前を向くことに苦労し、バランスを崩して倒れ込むという場面が何度かあったが、それはアトレティコの攻撃の歯車が噛み合っていないことを象徴していたようだった。しかし今はコケが仕掛けのパスを送る役割に回るなど、適材適所で各選手が輝くようになり、最前線にはL・スアレスという頼れるフィニッシャーもいる。
シメオネはL・スアレスにボールを供給するために現在の攻撃的スタイルにシフトしたと話していたものの、自らの功績でクラブの資金力を増やして、それで獲得してきた高クラスの選手たちをしっかり生かすには、現在の形がベストだったように思える。ロディやサウールなど攻撃面で個に特化した長所を持つ選手たちが犠牲になっている感は否めないが、輝けるようになった選手たちは数多い。
そして攻撃的アトレティコがさらに恐ろしいのは、ラ・リーガ10試合で2失点とシメオネ印の堅守をまったく失っていないことだ。
中央では3バックと必ずボランチ一人が残るという約束事を保険としており、またサイドを突かれたとしても数とインテンシティーで勝るプレッシングを見せられる。M・ジョレンテの元来のボランチとしての仕事もこなせるパワフルさ、戦術理解力の高さから空きそうなスペースを知覚できるコケの献身性も伴って、アトレティコのネガティブ・トランジションから穴を見つけるのは容易ではない。
また万が一その守備網を突破されても、ゴール前にはヤン・オブラクというさらなる保険が待ち構えているのだから、相手にとってはたまらないだろう。総じて、現在のアトレティコは欧州で旋風を巻き起こす可能性を有したチームであり、今はその力が対策されても跳ね返せるものなのかどうかを試されている時期にある。
不安定なレアル・マドリード
昨季ラ・リーガでは隔離後に怒涛の10連勝を果たし、逆転でラ・リーガ王者に輝いたマドリーは、現在まるで隔離前の状態に戻ったかのような不安定さだ。昨季はクリスティアーノ・ロナウド退団から響き続ける得点力の低下を、堅守構築による失点の低下でカバーしたが、今季の攻撃面についてはエデン・アザールのほか、唯一の補強となったウーデゴールも負傷がちで進歩がなく、頼りの堅守も機能しなくなっている。主力選手たちの年齢が高くなっているチームの中で、世代交代の旗手となっているフェデリコ・バルベルデ、守備のほか精神面でも重要な存在であるセルヒオ・ラモスの負傷離脱も、その不安定さに拍車をかけてしまった。
現在のマドリーは、表面をなぞれば捉えどころがない。セビージャ、バルセロナ、インテルら強豪相手には満足なパフォーマンスを見せて勝つのだが、カディス、アラべス、シャフタール・ドネツクら地力で明らかに劣るチームを相手に不覚を取っている。一つ共通点を挙げるとすれば、真っ向から勝負する相手よりも、ゴール前まで後退して守るチームにより苦戦しているということだ。
例えば今季のマドリーは、ゴール前まで攻め込んでいる状態では、トニ・クロースが中盤の後方に位置してカゼミーロがフィニッシュゾーンに入り込む場面が多々ある。カゼミーロの方がヘディングなどのフィニッシュ力に長けているので一つの手ではあるが、ボールを奪われた際に後方のスペースを彼が埋めることができず、それが失点の原因となってしまっている。ゴールを奪いたいのに如何ともし難い状況で前がかりになり過ぎて、速攻を受けられると組織的な守備を実現できないのが、今のチームの状況である。その点で、攻撃時に縦への推進力で相手のシステムに矛盾を引き起こせ、後方にも走り抜けるバルベルデはまさに違いを生み出せる存在だが、復帰はまだ先の話だ……。
その一方で強豪相手のマドリーは強い。強豪と呼ばれるチームは概して、いきなり後方には引かず前からプレッシングを仕掛けてくることでマドリーはゴールに近づくためのスペースと時間を手にでき、またボールを後方からつないでくるためにハイプレスも機能する。マドリーはチャンピオンズのグループステージ突破をかけたボルシアMG戦で今季一番とも呼べるパフォーマンスを見せたが、ボルシアMGも例に漏れず強豪としての戦い方を見せていた。いずれにしろ、あの試合でジダンの解任論が吹き飛び、チームの士気が高まったのも事実だろう。
展開が読めないダービー
さて、気になるのは今回のダービーの試合展開だ。これまでならばマドリーがボールを保持して攻め込み、アトレティコが堅守速攻で対応する展開が当たり前だった(ジダンのマドリーは、アトレティコの堅守速攻を封じるためにボール保持を放棄したこともあったが……)。しかし、アトレティコが攻撃的スタイルを確立したことで、試合展開はかつてないほど読みづらくなった。現在のマドリーにしてみればアトレティコが攻め込んできた方が都合が良さそうだが、シメオネは一体どんな戦い方を見せるのか、そしてジダンはそれにどう対応していくのか……。
かつてウルトラス・スルが品格を求めたマドリー・ダービーは今回、さらなる次元に突入することになりそうだ。惜しむらくは観客のいない中で初めて開催されるダービーになることだが、いずれにしても試合翌日、スペイン首都の至る所にあるバルでは、適切な距離を保ちつつ、それでいて濃密な、日々の糧となる罵り合いが行われていることだろう。
文= 江間慎一郎
1983年生まれ。東京出身。携帯サッカーサイトの編集職を務めた後にフリーのサッカージャーナリスト・翻訳家となり、スペインのマドリードを拠点に活動する。 寄稿する媒体は「GOAL」「フットボール批評」「フットボールチャンネル」「スポニチ」「Number」など。文学的アプローチを特徴とする独創性が際立つ記事を執筆、翻訳している。
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