若くして欧州を目指す日本人選手が増えている。いまや、欧州でプレーすることは当たり前になってきた。一方で「果たして欧州ならどこでもいいのか?」と言った声も聞かれるようになってきた。
欧州を目指す選手たちの選択肢の一つがシント=トロイデン(ベルギー)だ。日本企業(DMM)がオーナーシップを持ち、これまでに遠藤航、冨安健洋、鎌田大地といった日本代表選手が同クラブを通じて羽ばたいていった。
現在も、シュミット・ダニエル、松原后、橋岡大樹、伊藤達哉、鈴木優磨らが所属し、そして先日には東京五輪で活躍した林大地の加入も発表されるなど、同クラブをおいて昨今の日本人選手の海外移籍を語ることはできない。
そこで、現在同クラブのCEOを務める立石敬之氏に、海外移籍の事情について話を聞いた。
――近年、若くして欧州移籍を志す日本人選手がかなり増えてきています。日本で長年Jリーグクラブの強化に携わり、現在は欧州側で選手を獲得する立場になった立石さんは、日本人選手の海外志向の変化や傾向についてどのようにご覧になっていますか?
私が日本にいるときから海外志向のある選手はたくさんいましたが、大きく2つのタイプに分けられます。
1つは久保建英選手を筆頭に、小学生や中学生の頃から将来は海外でやることを前提にプレーしている選手。
もう1つは、努力してプロになって、僕は「海外でプレーするような選手ではないです」と言いながらも、順調に成長し、例えば初めて日本代表に呼ばれて「周りの海外でやっている選手はすごいなあ」と刺激を受けて「やっぱり海外に行かなければ」と考え方を変えるタイプです。
海外でのプレーを望む選手は、この2つのタイプに完全に分かれていると思います。
そして仮に海外でのプレーを望む育成年代の選手の絶対数が変わらないとしても、最近は1つ目の早い段階から海外を意識する選手の割合が育成年代ですごく増えていますね。
私は20年近く強化の仕事をしていますが、昔は選手のご両親が契約に関わってくることはあまりありませんでした。
しかし、近年は家族ぐるみで子どもの夢をサポートする、熱心な家庭が増えました。欧州でも同じような流れがあって、子どものためにエージェントを探し、契約交渉にも関わり、選手本人に対して大きな影響力を持つ例が多くなっています。
――いまの育成年代は欧州主要リーグの強豪クラブで当たり前のように活躍する日本人選手たちを見てきた世代です。ロールモデルが香川真司選手や本田圭佑選手、長友佑都選手で、海外組の選手が以前に比べて増えていることも傾向の変化に影響しているのでしょうか。
おっしゃる通りでしょうね。昔は三浦知良選手や中田英寿選手を見て「カズさんやヒデさんのようになりたい」と思う子どもたちは少数派でした。長友選手や香川選手たちの世代がそうです。
ところが彼らが欧州へ渡ることで「海外組」が増え、それを見てきた今の子どもたちは、海外で日本人選手がプレーしているのを普通のこととして捉えています。
Jリーグは通過点の1つであって、日本代表を経由して海外に行きたいというストーリーができあがっているのではないでしょうか。それが傾向の変化につながっていて、より早い段階から海外移籍を意識して準備する選手が増えた要因だと思います。
一方で日本代表にはまだ「遅咲き」と呼ばれる選手たちもいます。長友選手や本田選手、中村俊輔選手もそうだったように、一度は挫折を味わってきていても成功する道がある。私が選手たちによく話すのは、「1つの山を登りたければ、同じ目標でも登る道はたくさんある」ということです。
――欧州5大リーグでプレーすることを目標にする選手は多いですが、その前にいかにして欧州の市場に乗っていくかも重要になります。最近は「とにかく海外に、若いうちに行くべき」という風潮も感じつつ、他方では「果たして欧州ならどこでもいいのか?」という懸念も出てきています。
私たちも欧州にいて、何でもかんでも海外に行きたがる選手が多いとは感じています。人それぞれといってしまえばその通りで、基準を示すことは難しい。ただ、1つ言えるのはエージェントの影響力がどんどん大きくなっているということです。
選手がクラブとの関係性よりもエージェントとの信頼関係を重視するケースも増えてきています。もちろんエージェントの質が上がればいいわけですが、選手がエージェントを頻繁に変える現象が今の日本でも起き出しています。
「この人では僕を海外に連れていってくれない」と感じれば、すぐに違うエージェントと契約してしまうのです。そうすると本質的に選手本人に実力があるかないかにかかわらず、移籍はエージェントの力ありきだと考える選手も出てきます。
――選手のエージェントに対する依存度が高くなり、移籍に対する影響力も増すとどんなことが起きるのでしょうか。
例えば、ある選手とのエージェント契約があと1年で切れるとなった時に、「今年中に僕を海外に連れていってくれなかったら契約を切ります」と言われます。
そうなった時にエージェントは慌てて移籍先となるクラブを探します。するとクラブのことと選手のこと、両方を考えた移籍はなかなかできなくなりますよね。移籍金ゼロでもいいから顧客である選手を海外に送り出すことを優先してしまいます。
今夏の田中碧選手の移籍(※川崎フロンターレからドイツ2部のフォルトゥナ・デュッセルドルフへ期限付き移籍)もそうですが、選手側の立場が強くなると「いい移籍」にはならない。
みなさんは「彼ほどの選手がなぜ期限付き移籍なのか?」と思うでしょうが、そういうケースでは移籍元クラブとの契約状況なども影響して、選手側が強くなっていることが多いです。もし移籍先からより良い条件を引き出そうと思ったら、契約期間が長く残っているタイミングで売却できたかもしれません。
――クラブ側としては選手が望む海外移籍のタイミングやエージェントとの関係性、そしてチームの強化方針とのバランスをどのように見出していくべきなのでしょうか。
これは各クラブの経営方針などもあるので、何が正解なのかは断言できません。
私がJリーグでGM(ゼネラルマネージャー)をしていた頃は、エージェントの顔も立つように、できるだけ自分たちで移籍交渉をするようにしていました。
また、選手本人が海外に挑戦したいと考えるタイミングと実力とが見合っていれば、エージェントと選手の関係を壊さないような移籍を作り出せるよう努力していました。優勝争いをしていても海外移籍を容認したこともありました。
一方で、もしかしたら選手をギリギリまで抱えて、クラブとして目の前の戦いに勝つことを優先した方がよかったのかもしれません。先ほども述べた通り、移籍に絶対的な正解はないのです。
もし私が日本に帰ってもう一度GMをできるなら、海外移籍を望む選手は引き留めようと思いますが、容認しても慰留しても「責任を取れないじゃないか」と言われてしまえばそれまでです。
結局のところ選手が海外に移籍したいと考えるのは当然のこととして、それを止めることはできない。だからこそ送り出す側のクラブの方針がすごく大事ですし、適切な移籍先やタイミングをアドバイスできる人間が選手のそばにいることも非常に重要だと思います。
立石敬之 シント=トロイデンVV CEO
高校時代に国体で優勝、海外留学の後、ECノロエスチ、ベルマーレ平塚、東京ガスFC、大分FC/トリニータなどで選手として活躍。その後、エラス・ヴェローナや大分トリニータ、FC東京にてコーチ、強化部長などを歴任し、2015年からFC東京GMとしてチームの強化に尽力。 2018年よりベルギー1部のシント=トロイデンVVのCEOに就任。
取材・文 舩木渉
1994年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学スポーツ科学部卒業。大学1年次から取材・執筆を開始し、現在はフリーランスとして活動する。単なるスポーツにとどまらないサッカーの力を世間に伝えるべく、国内を中心に海外まで幅広くカバーする。
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