フィジカル化の流れが強まっていた昨今
「中盤を制する者は、ゲームを制す」とは、サッカーでよく言われる格言だ。特に日本代表はこの言葉を信じてきた歴史がある。
その理由は、中盤に優れたパサー、テクニシャンが揃っていたからに他ならない。MF中田英寿、MF中村俊輔、MF小野伸二、MF遠藤保仁…歴代のタレント豊かなMFを挙げていけばキリがないが、才能の宝庫だったポジションを最大の武器にして、どの時代の監督もチーム作りを行っていった。
ただ、ここ数年の日本は、少し趣が変わっていた。
世界のフットボールが、年々フィジカル化していった流れは無視できない。2015年3月に就任したヴァイッド・ハリルホジッチ監督の存在は、フィジカル化に拍車をかけていった。球際での激しい競り合いを表す“デュエル”という言葉が浸透したのもこの頃から。ボールを丁寧に繋いで攻撃をビルドアップする戦いから、ボール奪取を起点に縦に速く攻め切る戦法にシフトチェンジ。そこに「中盤を制する者は…」の文言が立ち入る隙はなかった。
速攻と遅攻を兼備してこそ勝利と未来がある
10月12日に行われた、カタールW杯アジア最終予選のオーストラリア戦。1勝2敗で4戦目を迎え、森保一監督は進退のかかった絶体絶命の状況でこの試合を戦うことになった。
ここで、久しぶりに「中盤を制する者は…」が、日本のピッチに回帰することになった。その立役者は、少し前まで川崎フロンターレを支えた中盤のキーマン、MF守田英正とMF田中碧。粒揃いのゲームメーカータイプが指揮していた時代の中盤構成とは違い、現代フットボールの文脈に則ったロジカルな振る舞いこそが、彼らの武器となった。
「ポジショナルプレー」と呼ばれるプレー原則は、すでにリテラシーの高いサッカー人には当たり前の共通言語になっている。ボール保持の場面で敵の布陣、選手の立ち位置を見た上で、その間隙やスペースを見つけ攻略していく戦い方だ。一方、実はこれを普段チームで実践している選手は、我々が想像しているよりも少ない。特に欧州組も各リーグのトップランクのクラブに属している選手たちは現状少なく、まだまだオーソドックスなブロック&プレスのサッカーや、ロングボールを主体にした短略的なスタイルの中で奮闘している者が多い。
これは吉田麻也が話していることだが、「ヨーロッパのどの指導者も戦術的に優れているというのは、日本人の思い込みなところもある。意外とオーソドックスな戦術の監督が多く、練習も細かなメニューよりも紅白戦がメインの場合がある」という。リアルな現状を突く、生きた証言である。
なにも「ポジショナルプレー」を理解、実演しなければ現代フットボールでは悪であるということではない。対比するような概念として「ストーミングプレー」と呼ばれる強烈なプレッシングとボール奪取、そこからのスピードとパワーを駆使した破壊的な攻撃を仕掛ける戦い方で、ピッチを占領するチームもたくさん存在する。
ただ、目まぐるしく戦術進化が進むのが2021年時点でのサッカー界。3年前のロシアW杯で各国が見せた戦いですら時代遅れの感があるなか、徐々に求められてきているのは速攻だけでも遅攻だけでもない、その兼備こそに勝利と未来があるという流れだ。
2018年9月に発足以降、強度の高い球際と縦に素早く攻めていく攻撃を強調してチーム作りをしてきた森保ジャパンも、速攻もしくは遅攻の片方だけでは勝てない時代の流れに飲まれようとしているのである。最終予選での2敗、オマーン戦とサウジアラビア戦で露呈したのは、まさにここの弱点だ。自分たちでボールを保持した時点からの攻撃不全。つまり、遅攻の型を作ってこなかったこと、ひいてはポジショナルプレーの概念の欠如だった。
守田英正と田中碧が見せた立ち位置
オーストラリア戦で守田と田中が見せたプレーは、ビルドアップ時の立ち位置の重要性を強調するものだった。
中でも、守田の立ち位置の取り方は秀逸だ。パスコースを作る動きもさまざま。シンプルに最終ラインで数的優位な状況を作るべく、DFに近い位置で受けることは基本姿勢。また相手FWとMF、サイドハーフとボランチの中間位置を取ってはパスを呼び込む立ち方を見ると、ポジショニングに対する絶対的な自信が伺えた。事実、味方からは「守田からは試合中から『(しっかり立ち位置を取れば)ずっと回せるから』と周りに声がけをしている」(GK権田修一)と、それを裏付ける言葉も出てきている。
さらに守田はボールに関与しない場面でも、位置取り一つで味方の連係を促進させていた。例えば自分の基本ポジションである左インサイドにMF南野拓実を入れ、自らは左SBのところに落ちて、DF長友佑都を前方スペースへ押し出すような構造作りは、彼の動きが発信源となっていた。
「(直近の)サウジアラビア戦は前からプレスがかけられず、奪った後も立ち位置を取れず前に進めていないのが課題でした。今日は個々の特徴を生かしながら守備で奪ってから攻撃もできたし、遅攻もできた。後出しジャンケンのように相手を見て判断してやめられる、というプレーが全体的にできた」
「後出しジャンケン」という言葉のチョイスが言い得て妙で、まさに現代フットボールにおける攻撃ビルドアップにおいて、このニュアンスを持ちながらポゼッションを構築できるチームが、遅攻で試合の主導権を握ることにつながるのである。
ゴールを奪い脚光を浴びる田中も、もちろん忘れてはならない。彼もポジショナルプレーの概念を武器にするセントラルMFだが、守田以上に高い位置に飛び出していける良さがある。東京オリンピックではMF遠藤航とダブルボランチを組み3列目でプレーしたが、今回は3MFのインサイドハーフが基本スタンス位置。そこからより前への推進力とスペース侵入というもう一つの彼の武器が生きた格好だ。
何より目立ったのが、この試合で田中も守田も身振り手振りでどんどん周りに指示を出し、ボールの行き先を方向づけていたことである。
かつてのMF中田英寿のような孤軍奮闘する司令塔的なタイプとは違うが、非常にロジカルに、冷静に中盤を支配するべく振る舞っていた二人が印象的だった。
「中盤を制するものは、ゲームを制す」
論理的な働きによって、日本代表のサッカーに中盤の重要性が戻ってきたような気がする。森保ジャパンが負けられない一戦で勝てた要因として、いま一度この格言を噛み締めている。
文・エル・ゴラッソ日本代表担当 西川結城
サッカー専門新聞『EL GOLAZO』の日本代表担当記者兼、事業開発部統括マネージャー。過去に名古屋、川崎F、FC東京担当を歴任。名古屋担当時代に本田圭佑や吉田麻也を若い時代から取材する機会に恵まれる。その他雑誌『Number』や新聞各紙にも寄稿する。
W杯アジア最終予選 日本代表戦|試合日程・配信/放送予定
関連コンテンツ
10月17日(日)『やべっちスタジアム #44』
第4節オーストラリア戦の「裏チャンネル」で解説を担当する中村憲剛氏が試合を振り返って、勝負の2連戦を終えた日本代表をどう見たか。また2試合ともアウェーでの戦いとなる11月のベトナム戦、オマーン戦に向けた提言は? (主な出演者:矢部浩之氏、中村憲剛氏)
DAZNについて
DAZNなら好きなスポーツをいつでも、どこでもライブ中継&見逃し配信!今すぐ下の記事をチェックしよう。