ヘスス・ナバスは準決勝後に涙を
これで、もう何回目なのだろうか?
回数など、当然しっかりと把握している。強調したい意味もあって、あえてそう書き出したくなってしまった。
セビージャが前身のUEFAカップを含むUEFAヨーロッパリーグ(EL)決勝の舞台に臨むのは、アイントホーフェンでのミドルズブラ戦(2005-06)、グラスゴーでのエスパニョール戦(2006-07)、トリノでのベンフィカ戦(2013-14)、ワルシャワでのドニプロ戦(2014-15)、バーゼルでのリヴァプール戦(2015-16)以来6回目だ。
夏、秋、冬、春、夏と5つの季節をまたがったこの2019-20シーズンは、ケルンにあるラインエネルギーシュタディオンでインテルと覇権を争う。このファイナルで勝利すれば、15年間で6度目の大会制覇――。なんて凄まじいことだろう。
インテルはアンダルシアの情熱そのものであるチームが、6つ目の星を手にすることを全力で阻むだろう。しかし、欧州のフットボール史に燦然と輝くイタリアの名門もよく分かっているはずだ。セビージャのELに懸ける思いが並大抵じゃないこと、を。
セビージャはまるで自分たちの母親であるかのようにELを愛している。いや、愛してしまっている。その関係性はつまり、神秘的な域にまで到達しているのだ。セビージャにとってのELはかけがえのないものであり、タイトル奪取のために多量の血を流すことすら厭わない。
トロフィーが手元にないときは寂しさを感じ、それを夢に見ながら眠りについている。
だからこそ準決勝のマンチェスター・ユナイテッド戦が終わった直後、ヘスス・ナバスは泣いていたのだ。
あの涙は、セビジスモ(セビージャ主義)を構成している水分そのものだった。セビージャは誰にとっても難しいこのコロナ禍に、一筋の光をセビジスタ(セビージャファン)たちに見せた。
セビージャに住む人々は今、赤白の旗とマフラーを誇り高く掲げている。残酷なあのパンデミックが希望を容赦なく貪り食っていた頃、毎日20時に医療関係者の健闘に拍手を送っていたバルコニーに、だ。
かつて見慣れた景観の一部だったその場所に、今、大きな喜びが、希望が咲き誇っている。
モンチの面目躍如とロペテギの名誉挽回
2019年3月、ローマでの約2年にわたる冒険を終えたモンチは、セビージャのスポーツディレクターに復帰すると、すぐさまクラブに自分が在りし日々を思い出させた。
ヘスス・ナバスやエベル・バネガなど一部を除けば、今季の主力はほとんどが2019年夏に加入した選手なのである。彼はまたしても補強を的中させたわけだが、その影響力が人材確保だけにはとどまらないことも証明している。
振り返ってみれば、モンチが構成するチームが内部から瓦解したことなどこれまで決してなく、常に一枚岩の団結を見せてきた。そこには彼独自の経験から確立した、選手のメンタルに最大限気を遣うという強力なメソッドがある。
「私たちが監督の求める能力を持った選手を獲得したとして、次にどうする? その後にすべきことは、私にとって本当に大切だ。補強した人物が選手であることは一旦横に置いて、その人間性に注視する必要がある。選手は少なくともクラブが補強するに至っただけの成果を出すために、理想的な環境を見つけなくてはならない」
「私にとって、選手の人間性を扱うことは重要だ。選手がフットボールのプレーを忘れることは絶対にない。しかし落ち着いて歩を進めることができなければ、理想的な環境をつくることができなければ、100%の力を引き出すことなど不可能なんだよ」
こうしてしっかりとメンタル面を管理された選手たちを芝生の上で扱うのは、ジュレン・ロペテギである。スペイン代表をロシアワールドカップ直前で裏切ってレアル・マドリードの監督に転身するも、ずっと罵声を浴びせられて解任された彼をモンチが呼び寄せたのは、セビジスタたちにとって理解の追いつかないことだった。
だが、結果が出ている今となってはもはや遠い過去にあった疑惑である。中断期間後のラ・リーガでレアル・マドリード、アトレティコ・マドリードに勝るとも劣らぬ勢いを見せたセビージャは4位でチャンピオンズリーグ出場権を獲得したうえ、EL決勝まで到達したのだから。現在は、過去を完全に乗り越えた。
躍進著しいチームはかつてロペテギが率いたチームと同じポゼッション重視のスタイルを志向。セビージャの伝統とも言えるサイド攻撃も強調され、より見応えがあるフットボールを展開している。
ビルドアップではバネガが主に左サイドでフリーとなってボールを受けられるようにして、そこから攻撃を展開。そして一気にサイドを変えると、ヘスス・ナバス&ルーカス・オカンポスというドリブルを得意とする超強力な右サイドの2枚がフィニッシュワークをこなす。
現在のセビージャはただ片一方のサイドを突破してチャンスを作るのではなく、プレーサイドを頻繁に変えながら数的・質的優位を生み出すことに秀でる。そしてボールを奪われたらすぐに奪い返せるハイプレスも強みの1つで、各選手がどう動くべきかという指示は徹底されている。
14年前の「人生を変えた」ゴールが再び
そして、この決勝インテル戦に臨むにあたって、個人的に取り上げておきたい愛着のある選手が2人いる。
まず1人目は、バネガ。ハンドブレーキを忘れた自分の車に轢かれて骨折したり、夜遊びをしたりと私生活でも話題を振りまき、常人には理解し得ないボールアーティストは、今季限りでセビージャを退団してサウジアラビアで新たな挑戦に臨むことが決まっている。
バネガ最大の理解者でもあったセビジスタたちは、彼のいないチームを想像することができないでいる。先に亡くなった天才ホセ・アントニオ・レジェスの背番号10をつける彼のラストダンスは、絶対に目に焼き付けなければならない。
そして2人目は、ヘスス・ナバス。現在34歳の彼はここまでのキャリアでありとあらゆるタイトルを獲得してきたが、世界王者になったことと同じくらいに達成したい願望が1つ残されている。それは、セビージャの主将としてトロフィーを掲げることにほかならない。
14年前、セビージャはUEFAカップで初めて決勝にたどり着いた。準決勝のシャルケ戦でそのファイナル進出を決定づける勝ち越し弾を決めたのは、今は亡きアントニオ・プエルタで、ヘスス・ナバスのクロスから生まれた値千金のゴールだった。
セビジスタたちはあのゴールを「私たちの人生を変えた瞬間」と振り返るが、今回のEL準決勝マンチェスター・U戦では再び、ヘスス・ナバスのクロスから決勝進出を決めるゴールが生まれた。しかも彼はプエルタの背番号16を着用して、あの精度の高い、振りの速いクロスを送ったのである。
今回のインテル戦は、あの人生を変えた瞬間から始まった1つの物語が結実する試合に思える。
まもなくEL決勝開始のホイッスルが吹かれる。この試合はもしかしたら、大金をドブに捨てることを恐れて再び動き出したチャンピオンズリーグのおまけみたいなものなのかもしれない。こう書いてしまうと、綺麗事にはなり得ない? しかし、ヘスス・ナバスはユナイテッド戦で涙を流したのだ。
セビジスタたちだって、彼と同じように泣いているのだ。無論、その涙にはもう一度到達した決勝の舞台に付き添えない口惜しさだって含まれている。そんな彼らをつなげるものはもちろん、ラ・リーガの他クラブの信奉者からも、スペイン最高のものと羨ましがられているクラブ創立100周年のイムノだ。
「だから私はお前を見に行く。私は死ぬまでセビジスタだ。ヒラルダの塔はサンチェス・ピスフアンのセビージャを眺めて誇らしげだ。だからセビージャ、セビージャ、セビージャ! 私たちはお前とともにあるんだ、セビージャ! お前のエンブレムの下で栄光と、我が町のフットボールを誇りを分かち合うんだ……」
セビージャが滞在しているホテルのホールでは、このイムノが繰り返し流されて、選手たちもそれを口ずさんでいる。彼らが今から乗り込むラインエネルギーシュタディオンにセビジスタたちは物理的にはいないが、魂はそこにある。セビージャの町のバルコニーとつながっている。
今回の決勝で、セビージャは本命として臨むわけではないかもしれないが、セビージャがセビージャである限り、勝機は無限のように存在する。何と言ってもこの大会は、母なるヨーロッパリーグなのだから。
文:ロシオ・ゲバラ(マルカ紙)
アンダルシアの2大クラブであるセビージャ、ベティスの取材など、同地で約20年にわたってスポーツ報道に携わる。これまでに『アス』、『ラジオ・マルカ』、『カデナ・コペ』などで記者を務め、現在は『マルカ』のアンダルシア支局に勤務。
翻訳・構成:江間慎一郎
1983年生まれ。東京出身。携帯サッカーサイトの編集職を務めた後にフリーのサッカージャーナリスト・翻訳家となり、スペインのマドリードを拠点に活動する。 寄稿する媒体は「GOAL」「フットボール批評」「フットボールチャンネル」「スポニチ」「Number」など。文学的アプローチを特徴とする独創性が際立つ記事を執筆、翻訳している。
UEFAヨーロッパリーグ日程
準決勝
日時 | 試合(会場) | スコア | 放送・配信 |
---|---|---|---|
8月17日 4:00 | セビージャ vs マンチェスター・U (ケルン) | 2 - 1 | DAZN |
8月18日 4:00 | インテル vs シャフタール (デュッセルドルフ) | 5 - 0 | DAZN |
決勝
日時 | 試合(会場) | スコア | 放送・配信 |
---|---|---|---|
8月21日 4:00 | セビージャ vs インテル(ケルン) | DAZN |
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