昨年11月、株式会社ミクシィがFC東京の経営権を取得することが発表され、首都に本拠地を置くクラブは、IT業界を引っ張る気鋭の企業とともに新たな一歩を踏み出すこととなった。そんなミクシィの木村弘毅代表取締役社長は、「スポーツは多くの人を魅了する」と力強く語る。
なぜいまスポーツ業界に力を入れようと思ったのか、そして、FC東京にしかできない特別な役割とはなんなのか。木村社長の言葉にぜひ耳を傾けてほしい。
(聞き手:西川 結城)※エル・ゴラッソ提供:2022年2月9日発売 2570号 掲載
IT×スポーツの可能性
――現在、ミクシィグループのサービスには、サッカーやバスケットボール、さらには競輪、競馬といった公営競技など、スポーツ事業が増えています。なぜスポーツ業界に参画しようと決断されたのでしょうか?
「まず私たちは、ITを活用したサービスで、家族や友人とのコミュニケーションの場や機会を提供してきた会社です。しかし世間的には、ITの発達によって逆にリアルなコミュニケーションの機会はどんどん分断されていく傾向にあります。
いまはテクノロジーの進化に伴いスマートフォンでも気軽に動画を観られるようになっていますが、それぞれが好きなものを観るようになった結果、みんなで一緒に同じものを観る機会が損なわれています。
そこで、『もう1回、一つのものをみんなで一緒に楽しもう』という考えの下、人の目線を集められるものと言えば、スポーツ以外にないのではないかと考えました。“ライブコンテンツ”としての魅力です。スポーツもアーカイブ動画があれば好きな時間に観られますが、ライブのその瞬間でこそ、大きな感動が味わえます。
ライブコンテンツには音楽やお笑いもありますが、大概が筋書きのあるものです。リアルタイムの筋書きのないドラマで多くの人を魅了するものは、スポーツ以外にはありません。同じ目線、同じタイミングで人を集められるコンテンツです。
これまでソーシャルネットワークやゲームを手がけてきましたが、今度はみんなで一緒に体験できるスポーツでも、コミュニケーションを豊かにしていきたいと考えています」
――スポーツに文脈のない企業がスポーツ界に入ることの難しさもあると思います。これについてはどう感じていますか?
「正直なことを言うと、スポーツに限らず、IT企業はわりと嫌われ者だったりします(笑)。いわゆる“破壊者”のような、既存のマーケットを破壊するのではないかと警戒されてしまいます。
ただ、私たちはコミュニケーションの“場”の創出や、テクノロジーやサービスを作ってきたノウハウをもってスポーツをより豊かにしていきたいとずっと伝え続けています。
スポーツチームの胸スポンサーになっているだけでは、そのミッションは達成できません。クラブのマーケティングのお手伝いをしたり、自社のシステムを加えたりした結果、例えばクラブが自活できるような状態になり、自ずと成長していくサイクルが生まれることが理想です。
もちろん上場企業の視点で見ると、投資をしていく上でさらにお互いに成長していけるシナジーがあるかどうかは判断材料として大きいですが、私たちがもっているテクノロジーやプラットホームとサッカークラブのシナジーは非常に高いと思っています」
――木村社長ご自身にとって、プロサッカークラブを運営する意味はなんでしょうか?
「率直な意見を言わせていただくと、プロクラブを運営するからといって、それだけで会社のバリューが上がるのかは分かりません。
日本のスポーツ人気の低下は著しく、多くの人が関心を寄せていない現状が残念です。サッカーが好きな人は、みんなサッカーが好きだと思っているかもしれませんが、いまは多くの人に関心がないのが実情です。
もっと注目されるものにしていかなければいけないと思っているので、その一石として今回のFC東京との取り組みを考えています。
例えば、私が息子に『一緒にサッカーを観ようよ』と言っても、ほかに魅力的なものが多くあるため、簡単には手に取ってもらえないのが“いま”なんだなと痛感しています。
相撲かプロレス、野球しかコンテンツがなかった時代はいいですけど、いまはとにかく時間やお金を費やしたいものがたくさんある世の中です。そこでスポーツならではの魅力を届けていかないといけないという、焦りと使命があります」
――サッカーをはじめ、スポーツは決してその他多くの娯楽の中に埋もれない魅力があると思いますか?
「もちろんです。私はゲームデザイナーでしたが、スポーツはゲームでは太刀打ちできない面白さをもっていると思っています。
まず、生身の人間がやっている技巧性は、デジタルのゲームの入力やアウトプットにはありません。
複雑性があり、観ていて予想のつかないことが連続して押し寄せてくるのがスポーツにおける感動です。
エンターテインメントとしての感動は何にも代えがたく、そこに必ず勝敗もついているわけです。
歓喜も落胆もあり、こんなに人の心を大きく揺り動かすコンテンツはありません。それがいまは、みんな『YouTube』を観ている。ちょっと切ないですよね」
――その一方で“勝敗”という不確定要素に経営が左右されてしまう難しさもあると思います。
「そこへのアプローチはいくつかあると思っています。
仮に試合に負けたとしても、例えば3-4で1点足りなかった、次はここをこうしたらいけるんじゃないか、というように期待感をもってもらうことはできます。
まずはファンの方にどう満足していただくのかが重要で、満足してもらえれば観客も増えていきます。
あとは現場から聞いている話として、実際のチーム作りについても、まだ科学的にしっかり分析し尽くしているわけではなさそうなので、FC東京はきちんと強化をしていくことで伸びシロが見つかると思います。
Jリーグの中でも多くの強化費をかけているクラブでしょうし、なるべくコストを抑えつつも勝率を上げることが大切です。
“費用対効果”みたいに言ってしまうとさもしいですが、現場からの話を聞いても合理的な強化の必要性を感じています」
“首都クラブ”としての役割
――鹿島を経営する『メルカリ』の活動はどう見えていますか?
「鹿島の小泉(文明)社長は、もともとミクシィのCFO(最高財務責任者)でしたし、普段からコミュニケーションはとっています。デジタルマーケティングを含めた経営の効率化にトライされていますよね。
そこのノウハウをいろいろと聞きながら一緒にやれればいいと思います。
小泉さんの姿勢とも重なりますが、私たちもFC東京を自分たちのものにしたいわけではありません。SNSで『ミクシィ・東京』と呼ばれているのも、語呂がいいから仕方ない部分もありますが、クラブは一企業の持ち物になるべきではないと思います。首都クラブがそれでは、どうしても矮小な感じになってしまいます。
それよりも、日本のフットボールシーンを世界に発信していくための大きな器が、FC東京であるべきです。そのために私たちがどれだけ黒子になれるかが重要です」
――いま「首都クラブ」という言葉がありました。FC東京がもっているクラブとしてのポテンシャルと課題についてそれぞれ聞かせてください。
「ポテンシャルは、既存のファンボリュームが大きいところです。
コロナ禍になる前は味の素スタジアムで平均31,000人も観客が入っていた時期があって、スタジアムを中心としたマーケティングでもかなり入っていることが分かります。そこに東京23区を加えていくことで、さらに伸ばせる余地があると思います。
課題としては、入場者が入っていながらグッズの売り上げが伸びていないことです。あとはスポンサー営業ももっと伸ばせるんじゃないかと思います。
観客動員とスポンサーとマーチャンダイジング、この3つの関係で言うと、スポンサーとマーチャンダイジングは課題であり、テコ入れするべき部分だと思っています」
――首都クラブとして、将来的なスタジアム建設や練習場建設についての考えはありますか?
「経済合理性で考えたときに、試合を観てもらう場所は都心にあるべきだと思います。
これはFC東京ができれば越したことはありませんが、FC東京でなかったとしても、都心にサッカースタジアムがないことは世界的に遅れています。
一方で、練習場を都心の(価格が)高い土地に置くのはあまり合理的ではないので、いまある地域に構えて、アカデミーやスクールを含めて巨大な育成機関を作っていくのがいいと思います」
――今後、味の素スタジアムと並行して国立競技場をホームゲームの会場にする考えはありますか?
「使ったらいいと思いますね。そうした観客動員数増加へのカンフル剤は必要です。
まだまだコロナ禍でスタジアムにいく機運は醸成されていないでしょうが、せっかく新しくできたスタジアムなので、『FC東京の試合が国立であるらしいから、一度いってみようか』といったお客様にもぜひきていただきたいです。
今までサッカー観戦にいったことがなかった人を集客できる機会にもなり得るかなと思います」
――Jリーグはホームタウン規定の規制を緩和する方向です。例えば、他地域のクラブも首都圏での営業促進活動ができるようになります。
「規制緩和はすればいいと思っています。東京はいろいろな地方からきた人が住んでいますし、FC東京だけでサッカーファンを満足させることはできないので。
ただ、既存のサッカーファンのパイを奪い合う施策だけをやっていても、あまり意味はないですよね。
いかにサッカー界の外からお客様を呼んでくるかが重要だと思っているので、そこを本質と見るべきだと思います」
FC東京のグッズを“東京のお土産”に
――サッカー界やファン・サポーターに向けて、ミクシィの現状のサービスをどう還元していくお考えでしょうか?
「サッカーファンの拡大を図ることは、現状のサービスで提供できる価値の一つです。
かつてはスポーツが普及していくにあたって、メディアの役割は大きかったと思います。TVや漫画、例えば『スラムダンク』や『巨人の星』など、スポーツにそこまで興味や関心のない人も含んだ世間全体を巻き込んでいくような役割を、メディアが担っていたと思います。
私たちが提供する『Fansta』というサービスは、非常に面白いコンセプトをもっています。
今までアウェイゲームではなかなか仲間と集まって試合を観ることができませんでしたが、『Fansta』はアウェイゲームをホームゲームのような感覚で観ることができます。具体的には、『DAZN』の中継配信を楽しめる、近くの飲食店を検索できるサービスです。
日本ではパブ文化やスポーツバーの文化がまだまだ浸透していませんが、投資しようとしている領域はハッキリしていて、非常に画期的です。もちろん、ご飯を食べに、お酒を飲みにくる人たちは必ずしもサッカーやスポーツに興味があるとは限りません。毎試合スーパープレーがあるとも限りません。
ただ、それでも友達と一緒にその店にきて、どこかでは衝撃的なプレーを目の当たりにします。『なんだこれ、すごい』と心を揺り動かされることは、スポーツ観戦の中で往々にしてあると思います。今までTVや漫画が担ってきたファンの普及、拡大の役割が、もしかしたらこうしたサービスで務まるのではないかと期待しています」
――“Withコロナ”、“Afterコロナ”の世界では、余計に世間の人々がこうしたサービスを欲する可能性がありますね。
「現代はどうしてもプル型のメディアというか、スマートフォンで検索して自分が好きなものを観る傾向が強いですよね。
SNSで友達からレコメンドがくる(おすすめされる)こともありますが、それを観るかというと、必ずしもそうしないという人も多いと思います。
ただ、『お酒を飲むことがメインだから』と連れていかれて、“フィジカル”の部分でその場に流れている映像を観ないようにすることは多くの人はできないと思います。
だから、“フィジカルの場”でスポーツとの出会いを提供していくことは、これから重要だと思っています」
――新しい切り口でスポーツ、サッカー界に関わっていこうとする姿勢はミクシィらしいですね。
「SNSの『mixi』やゲームの『モンスターストライク』もそうですけど、私たちはコミュニケーションの“場”や“機会”を提供する媒介者のような立ち位置でずっとビジネスをしてきました。
いわゆる“コミュニケーション屋”です。コミュニケーションの主体自体は民主的にお客様同士がやるべきものだというスタンスでいるので、スポーツに関しても媒介者として自ずと楽しんでいただける“場”や“機会”を提供していく考えです。
その経済圏を大きく広げていくことは、ファンや街の人たちを含めたみんなでしていくべきだと思っています。そんな習性がミクシィという会社にはずっと染みついています」
――最後にFC東京での具体的な目標を教えてください。
「何年以内というのはありませんが、当然、優勝を目指します。
そうでないと、僕らが介在する意味はない、無価値になってしまうと思います。一番の大きな感動であるリーグ優勝を手にしたいです。
そして、東京を代表するスポーツチームが東京のお土産になってほしいと思っています。例えばニューヨーク・ヤンキースの『NY』ロゴが入ったキャップなどのグッズは、ニューヨークのお土産として買われますよね。ベースボールを観たことがない人もニューヨークにいったという証として買って帰ることがあるほどです。
『東京』の名のつくスポーツチームのグッズを、東京にいった証として買って帰ってもらいたいですね。FC東京のグッズが“東京のお土産化”されるところまでいけば、サッカーファン以外の人もFC東京を知っていくことになる。
それくらいの気概でやっていきたいですね」
木村 弘毅(きむら・こうき)
1975年12月9日生まれ、46歳。東京都出身。電気設備会社、携帯コンテンツ会社等を経て、08年株式会社ミクシィに入社。ゲーム事業部にて『サンシャイン牧場』など多くのコミュニケーションゲームの運用コンサルティングを担当。その後『モンスターストライクプロジェクト』を立ち上げる。18年6月、ミクシィ代表取締役社長就任。
関連記事
● 【FC東京】注目選手・選手一覧・試合日程 | 2022Jリーグ選手名鑑
DAZNについて
DAZNなら好きなスポーツをいつでも、どこでもライブ中継&見逃し配信!今すぐ下の記事をチェックしよう。
● 【番組表】直近の注目コンテンツは?
● 【お得】DAZNの料金・割引プランは?