かつてはチャーミングだった
おそらく今シーズンで見納めだ。その勇姿を目に焼き付け、プレミアリーグのトップクラブには二度と戻って来られないだろうな、と我々も覚悟しなくてはならない。
ジョゼ・モウリーニョ──。
チャンピオンズリーグの出場権を獲得しても、リーグカップ決勝でマンチェスター・シティを破って優勝しても、モウリーニョが来シーズン以降のトッテナムを率いる公算は、日に日に小さくなっている。
その昔、モウリーニョはチャーミングな男だった。自らを「スペシャルワン」とか「ハッピーワン」とか名乗ったり、選手を守るためにヒールを演じたり、フットボールの世界に必要不可欠だった。
「実に面白い男だ」
サー・アレックス・ファーガソン、ユップ・ハインケス、ハリー・レドナップといった、酸いも甘いも噛み分けた名将たちにも好かれていた。
また、セスク・ファブレガスやエデン・アザールが「いまでも連絡を取り合っている」と親交の深さを明らかにし、マルコ・マテラッツィはモウリーニョがインテルを勇退したとき、人目もはばからずに慟哭した。
そう、やはりモウリーニョはチャーミングだったのだ。
しかし、レアル・マドリードを率いていた当時、イケル・カシージャスとのいさかいが表面化した。守備的なスタイルを否定したメディアとも事あるごとに対立した。バルセロナのアシスタントコーチを務めていたティト・ビラノバ(故人)に後ろから目つぶしを食らわせるなど、チャーミングな人間からかけ離れた行為である。
さらにチェルシーでは治療をめぐり、人気女性ドクターだったエヴァ・カルネイロにパワーハラスメント、マンチェスター・ユナイテッドではポール・ポグバと一触即発の関係に陥った。トッテナムでも公の席で選手への批判を繰り返す。
「近ごろ白髪が多くなったって? ストレスがかかる試合ばかり見せられているからね」
「個人のケアレスミスが多すぎて、勝てる試合をいくつも落としている」
人心が離れたのは当然だ。
トッテナムの内部でなんらかの動きが
「もう少し、攻撃的なプランを用いるべきではないかな」
かつてのインググランド代表で、現在はコメンテイターとして人気を博すガリー・ネヴィル、ジェイミー・キャラガー両氏は、モウリーニョのスタイルに首を傾げていた。
フットボールの捉え方は十人十色であり、ポゼッションを好む指導者がいれば、カウンターに活路を見いだす者もいる。マンチェスター・シティのペップ・グアルディオラ監督は前者だ。ゴールを奪うために偽9番、オールマイティなサイドバックなど、革新的なアイデアで世の喝采を浴びている。
モウリーニョは間違いなくカウンター型だ。ボール支配率で下まわっても、ピンチを未然に防いでいれば「試合をコントロールできた」と納得する。繰り返そう。フットボールの捉え方は十人十色、だ。
近ごろのプレミアリーグは、シティやリヴァプールといった攻撃力を前面に押し出すチームが優勝している。昨シーズン、セリエAで3位に躍進したアタランタは、直近50年ではリーグ最多となる98得点で称賛された。ブンデスリーガの覇王バイエルン・ミュンヘンも、三桁のゴール(総得点100)で8連覇を達成している。
旬のフットボールとは、間違いなく攻撃的なスタイルだ。
トッテナムの攻撃陣が非力であるならば、堅守速攻が基本プランに設定されてもクレームはつかない。しかしハリー・ケイン、ソン・フンミン、ギャレス・ベイル、ルーカス・モウラ、エリック・ラメラなど、火力は十分だ。モウリーニョは攻撃陣の特徴を活かしていない。
「過去の成功例に囚われている」
その昔、モウリーニョはアーセナルを率いていた当時のアーセン・ヴェンゲルを批判した。しかしいま、彼こそがこの言葉をかみしめるべきだ。
ポゼッションやゲーゲンプレスを基本プランに設定せよとまではいわないものの、堅守速攻に固執せず、前がかりになる時間帯を増やす程度のマイナーチェンジが必要だ。
31節のユナイテッド戦に1-3と敗れ、モウリーニョが率いるチームとして初のシーズン10敗となった。昨年12月のアーセナル戦で2-0の勝利を収めた後、対ビッグ6は6連敗だ。先行しながら失ったポイントは16を数え、リードして後半を迎えたにもかかわらず、7試合も勝てなかった。印象が悪すぎる。
低調なパフォーマンスと不適切な発言を、ダニエル・レヴィ会長も快く思っていないという。英国の有力紙『テレグラフ』が、「新監督にユリアン・ナーゲルスマン(現ライプツィヒ)をリストアップ」と報じたのだから、トッテナムの内部でなんらかの動きがあったことだけは間違いない。
ただ、モウリーニョは実績十分の名将だ。一度野に下り、2020年代のフットボールを改めて研究する時間を設けてもいいだろう。ポルトとインテルをヨーロッパの頂点に導き、チェルシーを超一流に仕立てた彼のことだ。必ずや異なる手法でフットボール界に是非を問うに違いない。
58歳……。幕引きはまだまだ先の話である。
文・粕谷秀樹
1994年、日本スポーツ企画出版社刊の『ワールドサッカーダイジェスト』編集長に就任。その後、同社の編集局次長を務め、01年に独立。以降、プレミアリーグやチャンピオンズリーグ、情報番組、さらに月平均15本のコラムでも、エッジの利いた発信を続ける。東京・下北沢生まれ。
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