復帰後2試合でさっそくの存在感を発揮
陳腐な表現かもしれないが、“one man army” である。
ひとりでなんとかしちゃうのである。
屈強な肉体でマーカーをブロックし、足もとにボールを収める。その後は素早く反転してシュートを撃ったり、両サイドに散らしたり、あるいは後方からフォローする選手にチャンスを提供するか。天性のフィジカルはもはや反則で、背後からぶん殴るか、くすぐるか、卑劣な手段を用いないとボールは奪えないかもしれない。いや、ぶん殴っても奪えないか……。
ロメル・ルカクである。
インテル・ミラノからチェルシーに9750万ポンド(約146億2500万円)で移籍した彼は、開幕から超ド級の迫力で前線に君臨している。第2節のアーセナル戦ではパブロ・マリーに格の違いを見せつけ、前線にポイントを創った。
ルカクにボールが入ればどうにでもなるのだから、今シーズンのチェルシーはよりダイレクトな志向で闘うことになるだろう。ときには中盤を省略し、最終ラインからのロングフィードでルカクの強みを存分に生かす。前線でボールを失いがちだった昨シーズンに比べると、攻撃に厚みを増す公算が非常に大きい。
数少ない不安はプレー強度だろう。プレミアリーグの当たりはきつい、エグい。セリエAの緩さに身体が馴染みすぎていると、過密日程の12~1月にスランプがやって来る。好スタートを切っても、プレミアリーグを甘く見てはいけない。
さて、第3節の相手はリヴァプールだった。さしものルカクも、フィルジル・ファン・ダイクとジョエル・マティプに苦戦した。ともに190cmを超える長身で、強く、柔らかい。超一流のセンターバックである。
また、ゲーム展開もルカクとチェルシーにとっては楽しくなかった。22分にCKからカイ・ハヴァーツの得点で先行したものの、アディショナルタイムにリース・ジェイムズが自陣ゴールライン上でハンドを犯し一発レッド。後半は守備重視のゲームプランを遂行するしかなく、さしものルカクもリヴァプールに脅威を与えられなかった。
ただ、彼にボールが入った瞬間、ファン・ダイクとマティプは守備者としてのギアが一段も二段も上がるように感じられた。一流同士が分かり合う独特の緊張感というべきだろうか。ルカク対リヴァプールCBの闘いは、名勝負の予感がする。お楽しみは次回にとっておこう。
最も現実的な補強はルカクかもしれない
「あのころは精神的にまいっていた」
ルカクはマンチェスター・ユナイテッドでプレーしていた当時を述懐する。
17'-18'シーズンは34試合・16得点、翌シーズンは32試合・12得点。クラブの低調に歩調を合わせ、特大のインパクトを残せないまま、19'-20'シーズンにインテルへ放出されている。
しかし、ルカクひとりの責任ではない。なにしろ、ユナイテッドそのものが暗黒の時代を迎えていた。ジョゼ・モウリーニョ(現ASローマ監督)体制下は大雑把すぎるカウンターと恐怖政治で最悪の雰囲気だった。後任のオーレ・グンナー・スールシャールは明確なゲームプランを持っていない。多くの選手が悩み、苦しみ、心身ともに疲弊していた。
その後の活躍は、読者の皆さんもご存知だろう。心機一転、インテルでは完全復活を遂げている。19'-20'シーズンはセリエAで23得点、ヨーロッパのカップ戦で9得点。翌シーズンのセリエAでは24得点・11アシスト。全得点の37%に絡む大車輪の活躍を見せ、11年ぶりのスクデットに貢献した。
そして今シーズン、8年ぶりにチェルシー復帰。覇権奪還の切り札としてサポーターの期待は大きく、第2節のアーセナル戦終了後はルカクへのチャントが鳴りやまないほどだったという。9750万ポンドもの移籍金をプレッシャーではなくエネルギーに感じ、多くの得点を、チャンスを、チェルシーにもたらすに違いない。
それにしても、ルカクはカネを動かす男だ。
- 【11年】アンデルレヒト→チェルシー:1000万ポンド(約15億円)
- 【14年】チェルシー→エヴァートン:2800万ポンド(約42億円)
- 【17年】エヴァートン→ユナイテッド:9000万ポンド(約135億円)
今夏の移籍金9750万ポンドを含めると、実に340億円近い巨額が彼の周りで動いたことになる。しかも、その価値は10年でおよそ10倍増だ。実力の証といって差し支えない。
クリスチャーノ・ロナウドのユナイテッド帰還は衝撃的だった。シティはジャック・グリーリッシュ獲得のために1億ポンド(約150億円)も使った。しかし、最も現実的な補強はルカクかもしれない。今シーズンのチェルシーは、早くもルカク仕様にシフトチェンジしている。
文・粕谷秀樹
1994年、日本スポーツ企画出版社刊の『ワールドサッカーダイジェスト』編集長に就任。その後、同社の編集局次長を務め、01年に独立。以降、プレミアリーグやチャンピオンズリーグ、情報番組、さらに月平均15本のコラムでも、エッジの利いた発信を続ける。東京・下北沢生まれ。
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