「100人いれば100通りの考え方が」
株式会社『ブシロード』の木谷高明会長は、新日本プロレスを買収した際にこう言った。
「すべてのジャンルはマニアが潰す」
ごく一部に過ぎない狂信的なファンの意見を採り入れると新規ユーザーが入りづらくなり、その結果としてジャンルが衰退する、という意味だ。
けだし名言である。
1980年代後期、第二次UWFは従来のプロレスと一線を画し、打撃技や関節技などのよりハードなスタイルでブームを巻き起こした。しかし、他団体に対する中傷や選手間の不和、さらに不透明な経理が明るみに出て、誕生からわずか2年9か月で瓦解している。
また、関節技や打撃技が本来の格闘技であり、見栄えのいい空中殺法や相手の技を綺麗に受ける従来のプロレスを声高に否定したため、みずから窮屈になってしまった。
UWFがプロレスなら、新日本プロレスもWWEもプロレスだ。それぞれのスタイルが違うだけで、大元は一緒である。30年ほど前のUWFファンはすべからく狂信的だったにもかかわらず、その偏向的な考えが短期間とはいえ主流になったため、業界は息苦しくなっていった。
フットボールも同様だ。ヨーロッパのスタイルがあり、南米流も存在する。プレミアリーグとラ・リーガ、ブンデスリーガにブラジル全国選手権、Jリーグなどなど、世界中で支持されている。
当然、見方は十人十色だ。超一流のプロとして活躍した者の分析、ジャーナリストの感覚、女性ならではの視点。GKとFWでは見る角度が違う。かつて、ブラジル代表の監督を務めたテレ・サンターナも、「100人いれば100通りの考え方がある。自分の意見を他人に押し付けてはいけない」と語っていた。ボールを保持しながらじっくり攻めるもよし、カウンターに磨きをかけるもよし。
専門用語を駆使する分析が正論と
フットボールを生業として35年が過ぎ、オーディオ・コメンタリーを仰せつかってから四半世紀が経ったいま、この世界は複雑化してきた。
ハーフポジションやダイアゴナルラン、チャンネル、インテンシティなど、初心者にはチンプンカンプンな用語が増えてきた。しかも、専門用語を駆使する分析が正論とされ、難しい用語を無理に言語化しようとする。
チャンネルやハーフポジションはどのように伝えればいいのだろう。ダイアゴナルランは斜め走り? なんだか軽くて不愉快だ。文系、理系、体育会系、出身校のコネクションを網羅して考えたくなる。野球のダブルプレーを併殺打と和訳したようなヒット作が、フットボールから出るだろうか。言語化は難しい。
しかも、日本は世界で唯一の被爆国にもかかわらず、プロレス技のジャーマンスープレックス・ホールドは原爆固め、ムーンサルトプレスは月面水爆。デリカシーがなさすぎる。
「わかる人に伝われば、それでいい」は自慰行為に等しく、メディアとして無責任だ。専門用語の乱発によって観る側・聞く側が思考停止に陥るケースは、大企業でも頻発している。
フットボールのパイを広げるための工夫は絶対に必要だ。ありとあらゆる分野に網を張っておく必要がある。情報誌やファッション誌で「これは使える。わかりやすい」と感じた表現を、フットボールに持ち込む柔軟性も大切だ。
“明るく楽しく、時おりシニカル”
もちろん、普段はフットボールに接していない連中の、“知ったかレポート” にはカチンと来る。司会者とコメンテイターの中間にポジションを取り、エグい強度のひと言で葬り去りたい欲求にも駆られるとはいえ、ワイドショーにはワイドショーの流儀がある。
「俺さまの見方こそが正しく、そのほかの分析はすべて間違っている」
あまりにも偏狭だ。大好きなフットボールを文字や言葉で表現するのだから、多くの人が理解できる文言を見つけなくてはならない。一般社会でもコンセンサス、アジェンダ、スキームなどは不快な表現ともいわれている。合意、行動計画、枠組みに置き換えれば、話はかなりスムーズだ。
筆者はソーシャルメディアのプロフィール欄に、「原稿も解説も分かりやすく、がモットー」と記した。それらしく、ウットリするほど華やかで、センチメンタルな日本語を駆使するレポート、コラム、コメント(偉そうに!)……。
今後も専門用語を並べ立てず、立ち位置は基本的にエンターテインメント路線。“明るく楽しく、時おりシニカル” を旗印に掲げ、みなさんとともにフットボールを一喜一憂できれば嬉しい。
『Not忖度』は今回でひとつのシーズンを終えるが、他の媒体では書き続け、喋り続ける。もし、専門用語に酔っていたら、中間ポジションからエグい角度のひと言にご注意いただきたい。
文・ 粕谷秀樹
1994年、日本スポーツ企画出版社刊の『ワールドサッカーダイジェスト』編集長に就任。その後、同社の編集局次長を務め、01年に独立。以降、プレミアリーグやチャンピオンズリーグ、情報番組、さらに月平均15本のコラムでも、エッジの利いた発信を続ける。東京・下北沢生まれ。
粕谷秀樹のNOT忖度
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