時がどれだけ流れても、ディエゴ・シメオネはここにいる。それはアトレティコ・デ・マドリー、ひいてはスペインフットボールに存在する絶対的な現実の一つだ。アルゼンチン人は12年前、選手として在籍したアトレティコに監督として帰還を果たすと、ラ・リーガ、ヨーロッパリーグを2回ずつ、コパ・デル・レイ、UEFAスーパーカップを1回ずつ制し、チャンピオンズリーグ(CL)で2回にわたって決勝に進出。ラ・リーガでは優勝せずとも必ず4位以内に入り、財政的にも欠かせないCL出場権を獲得している。
シメオネの軌跡は凄まじい。その最たる成功はアトレティコの敗者、負け犬の烙印を消し去ってしまったことだろう。アルゼンチン人はずっと落ちぶれていた、勝者とは程遠いところに位置していたクラブを完全に変えてしまったのである。そしてその革命は、チームに植え付けられた確固たる競争心とフットボール的思想によって成し遂げられたものだった。
だがしかし、ここにきて疑いが生まれている。1年半にわたって結果が出ていないこと、とりわけ今季CLでポルト、クラブ・ブルッヘ、レヴァークーゼンと同居したグループで敗退したことで、シメオネのサイクルが終わったのかどうか議論されるようになった。その批判はおそらく、部分的には正しい。とはいえ彼の戦術、精神、アイデンティティーは、まだまだ力を保っている。シメオネは、少なくとも外見的には、アトレティコという船を素晴らしい港に到着させられる理想的な人物であり続けているはずだ。
■シメオネが問題なのではない
シメオネがアトレティコの問題になるなどあり得ないだろう。その理由は多岐にわたるが、何よりも彼以上にアトレティコにはまる人物はいない。彼以上にアトレティコを理解している人物は、いないのだ。彼はアトレティコのアイデンティティーをその血に流しており、それを選手、チーム、クラブに伝えている。
アトレティコが前へと進み続けたこの10年以上の日々で、シメオネが成し遂げたことは試合や戦術の境界線を越えている。アルゼンチン人指揮官はアトレティコに、彼が選手としてプレーしていた頃のような競争的インテリジェンス、闘争心を取り戻させた。今現在スペイン、イングランド、ドイツ、イタリアの超ビッグチームと肩を並べられていないのは寂しいことだが、再びそうするためにはシメオネというアトレティコの象徴たる人物像に、チーム像をもう一度近づける必要がある。今、何かが壊れているとしても、やり直す時間は、ある。
そのためには、まずアトレティコというクラブが以前のような物の見方・考え方をしなくてはならない。必要なのはシメオネの哲学を体現できる陣容、選手たちである。補強を担当するスポーツダイレクターのアンドレア・ベルタとシメオネの間に確執があるというのは、あまりにも示唆に富む話だが、とりあえず今いる選手たちにももっとできることがあるはずだ。
皆が模範とすべき選手は、アントワーヌ・グリーズマンにほかならない。カタール・ワールドカップで大活躍したフランス代表FWはあらゆる攻撃的プレーを実現し、それだけでなく守備に奔走することもいとわない。シメオネの守備面における要求にもしっかり応じるグリーズマンは、アトレティコにぴったりはまる指輪のような選手だ。過去の選手で言えばガビ、チアゴ・メンデス、アルダ・トゥランも足元の技術に秀でていたにもかかわらず、チームのために血と汗を流せた。シメオネ・アトレティコが復活を果たすためにはチームが一枚岩となって安定を取り戻さなくてはならないが、それは適切な選手たちが適切な精神力を発揮して初めて成し得ることだろう。Getty Images
■シメオネの哲学にはまらない選手たち
今季アトレティコは14試合で24失点を喫しているが、過去と比較すれば目も当てられない数字だ。その原因には選手たちの能力不足(サイドバックたち、調子がずっと悪いホセ・ヒメネス、衰えが顕著なフェリペ・アウグストにマリオ・エルモーソ……)、プレー構造の脆さ、各ラインが狭まっていないことが挙げられる。以前のアトレティコは一枚岩となって攻撃と守備を行っていたが、現在はそうできないでいる。そのために縦の三つのレーン(右、左、中央)の守備に亀裂が走り、各ラインが間延びして、自陣ペナルティーエリア内でガツンと守ることができない。一枚岩でのプレーはシメオネという監督の財産とも呼べるものだが、それが実践できないのはおそらく戦術的問題というより、擁している選手たちの問題だろう。
例えばロドリゴ・デ・ポールだ。彼がアルゼンチン代表で見せているプレーは、アトレティコでのプレーを明らかに上回る。デ・ポールに加えてトマ・レマル、ジョアン・フェリックスは、ボールを持たないときに実行すべきプレーを放棄する癖があるが、彼らはシメオネが好んできた、扱うことを得意としてきた性格・性質を持たない選手たちだ。アトレティコが一枚岩ではないのはピッチだけでなくロッカールーム内も同様で、シメオネと一部選手たちはコミュニケーションを取らなくなっている。明らかに、チームはうまく行っていない。
それでもシメオネはもがきながら、あがきながらアトレティコを再活性化しようとしている。ポジティブな要素があるとすれば、やはりグリーズマンの再ブレイクか。中盤を出発点にして、あらゆる場所に顔を出して攻撃の流れをつくるフランス代表FWは、今一度アトレティコのエースとなった。コパ・デル・レイで2部以下のチームを相手にしても、ワールドカップの試合と変わらずハードワークする様子は、バルセロナ移籍の裏切り行為と捉えていたサポーターたちの心をもつかんでいる。今季、アトレティコを引っ張ることが期待されたJ・フェリックスがシメオネに愛想を尽かして移籍を希望し、シメオネの求める通りその才能をチームのために使えるグリーズマンが彼に取って代わった……それが意味するところは大きい。
そして最近トップチームに定着したパブロ・バリオスにも注目だ。レアル・マドリーの下部組織で見限られてアトレティコに加わった19歳は、間違いなく非凡なMFだ。巧みなポジショニング、度胸も精度もあるパス捌きでゲームメイクをこなし、また攻撃だけでなく守備にも全力で取り組む。洗練された技術を持ちながらも泥にまみれる姿勢はガビ、コケ(彼がお手本とする選手でもある)の系譜を継いでいる。シメオネはP・バリオスを「フットボールに年齢は存在しない。ゲームというものを理解し、勝負を挑めるだけの強い意思を持った選手がいる。そういう選手が私たちを興奮させるんだ」「こうしたレベルにあるカンテラーノ(下部組織出身選手)は久しく目にしていなかった」と称賛している。Getty Images
■信じることを決して止めるな
今季アトレティコに残された目標は、CL出場権獲得とコパ・デル・レイの優勝となる。シメオネ懐疑派もその二つの目標を達成できれば、再び彼を信頼するようになるだろう。いずれにしても、あれだけ確信に満ちて、あれだけ唯一無二のキャラクターを持つシメオネという監督は愛されなくてはいけない。彼がアトレティコで成し遂げたことは並外れている。今になってみれば、その成功を当たり前のように感じる人たちもいるのかもしれないが、まったく当たり前のことではない。スペインでレアル・マドリー&バルセロナと対等に戦い、CL優勝まであと一歩のところに二度も迫り、何よりも負け犬根性が染み付いたアトレティコを生まれ変わらせるなど……。フットボール界のクラブヒエラルキーはもうほとんど固定されており、際限のないオイルマネーでもない限り、上に登っていくことは許されない。シメオネは、信じられないことを実現してしまった。
アトレティコはシメオネの信念を反映した「信じることを決して止めるな」をクラブのスローガンとしている。彼を信じることだって、決して止めてはいけない。
文=ハビ・シジェス/スペイン紙『as』試合分析担当
翻訳=江間慎一郎
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