多くの若手イタリア人の活躍が見られるように
外国人選手が幅を利かしていた一昔と比べ、近年のセリエAではより多くの若手イタリア人選手の活躍が見られるようになってきました。
イタリアサッカー界にとっては非常に明るい話題ですが、ではなぜこのようなポジティブな変化が起こったのか。
それはひとえにイタリアサッカー界全体がここ10年ほど地道に取り組んできた育成改革の成果にほかなりません。
10年前と言えば、ちょうど私がイタリア代表監督に就任した頃です。今思い返しても当時の育成状況は酷いありさまでした。
その証拠に、セリエAで主力としてプレーしていた若いイタリア人選手はほんの一握りしかいませんでした。各チームのレギュラーポジションが外国籍の選手で大半を占められていたほどです。
4年後に控えていたブラジル・ワールドカップ(W杯)を見据えたとき、私はこのことが大きな障害になるだろうと不安を覚えました。
そして何よりイタリアサッカー界の先行きを案じたのです。
このままではイタリアサッカーは衰退の一途を辿ると強い危機感を持ったことを覚えています。
発言に重みのある代表監督という立場を利用して「育成の改革が不可欠だ」とあえてメディアの前で警鐘を鳴らしたのもそのためでした。
幸い、サッカー協会は私の切実な思いに対してすぐさま反応してくれました。
当時の協会には、育成部門で改革を起こせるようなアイデアを持った人物はいませんでしたから、改革にはまず組織の大幅な刷新が必要なことも明白でした。
そこでU-21以下すべての育成年代を取り仕切る統括コーディネーターに往年の名将アリゴ・サッキ(写真左)を迎え、選手のスカウティングからプレーコンセプトまでを一貫して行う育成プロジェクトをスタートさせたんです。
育成プロジェクトを推し進めたヴィシディ
その中で大きな役割を果たしたのが、私の代表スタッフの一員でもあったマウリツィオ・ヴィシディなる人物でした。
ミランユースを指導した実績もあるヴィシディは、パドバの育成コーチ時代にあのアレッサンドロ・デルピエロを見出したことでも知られるまさに育成のエキスパート。
経験に裏付けされたしっかりとした育成理論を持ち、プロジェクトも実質、彼が中心となって進められました。
ヴィシディが真っ先に着手したことはタレントのスカウティングです。
イタリア全土に散らばった彼のサポートメンバーが優秀な逸材を発掘し、彼らをフィレンツェ郊外にあるナショナルトレセン・コヴェルチャーノに集めることに成功したんです。
これらの育成メソッドの見直しにより、優秀な若手は重要な国際大会にも多く出場できるようになり、国際経験をどんどん積めるようになりました。
すぐに効果が発揮された訳ではありませんが、そういった地道な作業の積み重ねが徐々に実を結んでいったのです。
2016年のU-19欧州選手権準優勝、翌年のU-20W杯3位などの好成績も、まさにその効果の現れだったと言えるでしょう。
投資の対象を外国人からイタリア人へ
ヴィシディが果たした役割はとても大きかったと思いますが、イタリアサッカー全体の底上げには各クラブの協力も欠かせませんでした。
10年前のセリエA、セリエBの多くのクラブは、目先の結果にこだわるがゆえ、育成など長期的な視点に立った投資を渋る傾向にありました。
実際、当時の各クラブの下部組織を数多く占めていたのは外国籍選手。
イタリア人を地道に育てるというより、より早い成長が見込める身体能力の高いアフリカ系の選手などを連れてくることが、トレンドでもあったからです。
それでも協会がイタリア人育成の重要性を強く訴え続けたことで、各クラブも徐々に目先を変え始めました。
投資の対象を外国人からイタリア人へとシフトチェンジしていったんです。
若いイタリア人選手がこのことでより実力をアピールする機会を得たことは言うまでもありません。
ひとつ強調したいのは、私の指す若い選手は誰もが一瞬で分かる「怪物」ではありません。時間をかけてゆっくり育成する必要のある「普通」の選手のことです。
意外に思われるかもしれませんが、今季ブレッシャから ミラン に移籍したMF サンドロ・トナーリ 、 インテル のMF ニコロ・バレッラ なども「普通」の選手でした。
彼らは10代の頃、それほど突出した存在ではありませんでした。しかし将来性を買われ、じっくり育てられたことで、今や代表メンバーにも名前を連ねる選手にまで成長することができたのです。
代表の強化はクラブの強化なくして成り立ちませんから、これもイタリアサッカー全体で取り組んできた育成の成果によるものだと確信しています。
かくいう私も代表監督時代、何もしなかったわけではありません。
例えば、 パリ・サンジェルマン のMF マルコ・ヴェッラッティ 、 ナポリ のFW ロレンツォ・インシーニェ 、 ラツィオ のFW チーロ・インモービレ ら若手を積極的に起用しました。
それこそ当時セリエBだったクロトーネでプレーしていた ユヴェントス のFWフェデリコ・ベルナルデスキを代表に初招集したのも私です。
ただ、ベルナルデスキは無名だったこともあり「なぜそんな選手を?」と多くの批判に晒されたことを覚えています。
若手の積極起用が当然とされる今だったら決して批判されたりはしなかったでしょうね。
時代は良い意味で変わりました。そのような現状で指揮を執れる現代表監督のロベルト・マンチーニがうらやましい限りです。
日本のファンにもぜひロカテッリのプレーを
今の代表には、ミランのGK ジャンルイジ・ドンナルンマ 、 フィオレンティーナ からユヴェントスに移籍したばかりのFW フェデリコ・キエーザ 、 ローマ のFW ロレンツォ・ペッレグリーニ ら若い優秀な選手がたくさんいます。
イタリア代表は今、欧州の中でももっとも平均年齢が低いチームのひとつになりました。若手が順調に育てば、2~3年後には本当に強い代表が復活すると思います。
最後に、私が今もっとも期待するイタリア人の若手を紹介しましょう。
8月にA代表にも初招集された サッスオーロ のMFマヌエル・ロカテッリ(写真)です。
彼はミランの下部組織出身でトップチームにも昇格しましたが、そのミランではなかなか頭角を現すことができませんでした。
まがりなりにも名門ミラン。即座の成績が求められる環境では、彼のような若手を辛抱強く育てることは難しいです。
くすぶっていたロカテッリに目を付けたのが、育成に定評のあるとてもオーガナイズされたサッスオーロでした。
サッスオーロは選手をじっくり育てるノウハウも持っていますから、ロカテッリのようなもともと質の高い選手にとってはまさに成長が約束されたようなものでしたね。
彼はイタリア代表でも中心的な存在になっていくでしょう。日本のファンにもぜひ彼のプレーには注目してほしいです。
あとはイタリア人選手ではありませんが、 ボローニャ の 冨安健洋 にも期待しています。個人的には、将来が楽しみな若手外国人のひとりです。
インタビュー:アルベルト・コスタ
翻訳・構成:垣内一之
訳者プロフィール/1998年にイタリアに移住し、約8年間、中田英寿、中村俊輔、柳沢敦ら日本人選手を中心にセリエAを取材。2006年のドイツ・ワールドカップ後に帰国し、現在は日本代表、Jリーグを中心に取材を続けている。
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