両チームから感じられる覚悟の差
何もかも順風満帆に思える首位チェルシーと、“監督レス”にして“主将レス”のマンチェスター・ユナイテッド。明暗がくっきり分かれているビッグクラブによる注目の一戦が近づいてきた。
プレミアリーグでの最近7試合を見ると、首位を走るチェルシーが5勝1分1敗なのに対し、ユナイテッドは1勝1分5敗。あまりにも対照的で、それは両チームのセットプレーにも表れている。リーグ2位の6ゴールを決めているチェルシーに対し、今季のプレミアで唯一、セットプレーから得点を奪えていないのがユナイテッドなのだ。
チェルシーにはMFハキム・シイェシュやDFリース・ジェイムズのような精密なクロッサーがいるし、今夏初めてセットプレーコーチを招いたユナイテッドよりも1年早くに同職コーチを招聘。チェルシーには一日の長があるのだが、どうしてもそれ以上の差を感じてしまう。とくに「絶対に自分の元にボールがくる」と信じ切る覚悟の差だ。
前節のレスター戦に続き、チェルシーは直近のチャンピオンズリーグ(CL)ユヴェントス戦でもセットプレーから先制した。長身のDFアントニオ・リュディガーをターゲットにして、トレヴォー・チャロバーがこぼれ球にいち早く反応した。今のチェルシーは全ての選手がつま先重心で好機をうかがっており、傍観者が一人もいないのだ。
これはセットプレーだけの話ではない。練習の「90%は攻撃に充てたい」と語るトーマス・トゥヘル監督の下、選手たちはピッチ上で積極性を発揮している。レスター戦では、エンゴロ・カンテがドリブルで運んでから逆足を振り抜き、古巣のゴールネットを揺らした。昨季リーグ戦で無得点だったMFは、早くも今季2ゴール目。昨季と比較して1試合の平均シュート数も倍に増えたほか、敵ゴール方向への「ボール運び」も1.5倍と増加している(データ『FBREF』)。
カンテに限ったことではない。3バックからボールを持ち出して攻撃の起点となるリュディガーも、シュート数が2倍になり、アタッキングサードへのボール運びは1.5倍に増えた。だが、チーム全体で見ると「シュート数」や「ボール運び回数」は昨季と大差なく、ボール運びに関してはむしろ減少している。
全選手がゴールへの意識と責任を持つように
では、これが何を意味するのか? それはシュート数やボール運びにおいての、チーム内での平均化である。
そして平均化はゴール数にも見られる。今季はすでに15選手(リーグ最多)がネットを揺らしており、チーム最多得点は右ウイングバックのジェイムズ(4ゴール)。そしてベン・チルウェル、チャロバー、リュディガーといったDFも複数のゴールを決めている。全選手がゴールへの意識と責任を持つようになったわけだ。
これが今のチェルシー最大の強みである。“脇役”がゴールを決めるようになったのではなく、全選手が“主役”になったのだ。
象徴的だったのはユヴェントス戦の3点目だ。中盤でのボール奪取後、MFルーベン・ロフタス=チークが怠けることなくパス&ゴーで裏に走った。一度は奪われかけるも、すぐに囲んで取り返すと、リュディガーからMFジョルジーニョを彷彿させるようなダイアゴナルのパスが放たれる。
それをジェイムズがボックス内で南米選手のような足裏を通すトラップで収めると、戻したボールをシイェシュがワンタッチパス。そしてロフタス=チークがドリブルで横に持ち出し、最後はFWカラム・ハドソン=オドイが決めた。どのプレーも“主役級”と呼ぶに相応しいゴールだった。
キャリック暫定監督の下で見事な勝利
一方、ユナイテッドは“配役”に格差を感じる。チーム内には明らかな巨星があり、今季ここまで若い才能がその陰に隠れてきた。そのせいもあり、チームからは躍動感や積極性が感じられず、前節のワトフォード戦での大敗を受けて、とうとう監督交代に踏み切った。
監督交代を繰り返すワトフォードのファンに「もしスールシャールが俺たちの監督だったら、この試合の前半だけで3回はクビになっている!!」と揶揄されるほど、ワトフォード戦の前半は見るに堪えなかった。あまりにもプレー強度が低く、フィジカルを前面に出してくるワトフォードに圧倒された。そして後半には主将ハリー・マグァイアが退場し、今回のチェルシー戦に出られなくなった。
そんなユナイテッドだが、ミッドウィークのCLビジャレアル戦ではマイケル・キャリック暫定監督の下で見事な勝利を収めた。ワトフォード戦とは対照的に、積極的に相手を追い込んでチャンスを作る場面もあった。事実、プレスをかけた回数は今季2番目に少ないワトフォード戦の80回から109回まで増えていた。
なかでも人が変わったような動きを見せたのが、若手のジェイドン・サンチョである。1ヶ月ぶりのスタメン出場となったワトフォード戦の前半は、自身を主力に据えなかった監督への当てつけに思えるほど無気力なプレーを露呈した。それがビジャレアル戦になると、ちゃんとボールを追いかけたのだ。
プレスの回数もワトフォード戦の6回から21回まで増え、試合終盤には強烈なシュートで移籍後初ゴールをマーク。そうなると、やはり監督への個人的な感情を勘繰ってしまうが、実はワトフォード戦でも左サイドから右ウイングに移った後半は伸び伸びとプレーしていた。恐らく、後半開始5分にMFドニー・ファン・デ・ベークの得点につながるクロスをあげたプレーで自信を取り戻したのだろう。
きっかけさえあれば好転する
だから、きっかけさえあればユナイテッドの状況は好転するはずなのだ。そのきっかけは監督交代かもしれないし、相性の良いチェルシー戦かもしれない。プレミアでのチェルシー戦で、ユナイテッドはここ7試合負けていないのだ(3勝4分)。
そして長期的な展望は、就任予定のラルフ・ラングニック新監督に委ねればいい。恐らくラングニックは、2013年のアレックス・ファーガソン退任から迷走してきたユナイテッドにとって“ゲームチェンジャー”になるだろう。現代ドイツサッカーの基礎を築いた戦術家は、ユナイテッドに欠ける戦術の規律を定着させてくれるはずだ。
近年CLを制しているリヴァプールやチェルシーの成功だって、現指揮官だけの功績ではない。ブレンダン・ロジャーズやマウリツィオ・サッリのような基礎を築いた歴代の指導者がいるからこそ、今の成功があるのだ。そしてラングニックは、そんな礎を築ける指揮官なのだ。
これでまた一つ、プレミアリーグの楽しみが増えるわけだ。改革前夜のユナイテッドが、王者候補にどんな戦いを見せるのか注目したい。
文・ 田島 大
「フットボール」と「メディア」ふたつの要素を併せ持つプロフェッショナル集団を目指し集まった『フットメディア』所属。英国在住歴を持つプレミアリーグのエキスパート。
配信予定
プレミアリーグ第13節
チェルシー対マンチェスター・U
- 配信: DAZN
- 配信開始:11月29日(日)1:30
- 解説:戸田和幸 実況:野村明弘
- 会場:スタンフォード・ブリッジ
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