【コラム】組織+個の力で初優勝なるか。準決勝でイングランドがついに”退屈なサッカー”を脱却 ｜ EURO2024

試合が決着したのは後半アディショナルタイムのことだった。前を向いてボールを持ったコール・パーマーが背後への動き出しを見せたオリー・ワトキンスへとパスを送る。ペナルティーエリア内で受けたワトキンスは、デ・フライをうまく制しながら右足を振り抜いた。シュートはデ・フライの股を抜けてゴール左へ。ネットが揺れ、歓声が響き渡るスタジアム。イングランドが土壇場の逆転弾でオランダを破り、決勝に駒を進めることになった。

今大会、イングランドはお世辞にも”いいサッカー”を披露していたわけではない。グループリーグでは初戦のセルビア戦で何とか1-0の勝利を収めたが、第2戦のデンマーク戦では1-1、第3戦のスロベニア戦はスコアレスドローに終わった。内容を見ても、後方からのビルドアップの練度が低く、前線へボールを運んでも選手間の距離感がバラバラ。攻め込む回数こそ多いがチグハグな仕掛けばかりで、チャンスらしいチャンスも多くなかった。また、チーム内でも試合中に修正するような動きは無し。多くのメディアやサポーターから「退屈なサッカー」と揶揄されるほどひどい内容が続いていた。

そういった状況は決勝トーナメントに入っても大きく変わることはなかった。ラウンド16のスロバキア戦では後半アディショナルタイムにジュード・ベリンガムの衝撃的なシュートで追いつき、延長の末に相手を退けることになったが、ボールを保持する時間に多かったにも関わらず、得点が取れない展開はフラストレーションが溜まるものに。準々決勝のスイス戦にしても終盤にブカヨ・サカの得点で追いついたものの、120分を通してスイスを攻略できた場面は片手で数えられる程度。PK戦で勝利したが、負けていても何ら不思議はなかった。

ただ、そういった状況になっても勝利を積み重ねてこれたのは”個”の力があったからこそ。加えて、試合をこなすごとに少しずつピッチ内での会話が増え、チーム全体を見ても相手や状況によってシステムを変えてみるなど試行錯誤を繰り返しており、改善の兆しは少しずつ見えていた。

内容面で大きく向上したオランダ戦

果たして、迎えたオランダ戦は内容面で大きく向上したイングランドの姿があった。オランダのワイド攻撃を警戒し、サカをウイングバックのような位置に配置させるシステムを採用。後方からのビルドアップについても、選手たちがこれまで以上に話し合いながらポジションを動かし、スムーズな前進を可能にさせた。ベリンガムやフィル・フォーデンの立ち位置を含め、自分たちにとってやりやすい形に修正できたことは大きかった。先に失点を喫してしまったが、そこからの猛攻で相手を圧倒できたのはチーム全体に確かな向上があったからに他ならない。

敵将のロナルド・クーマンに「イングランドは前半に素晴らしいサッカーを見せていた」と言わせたように、オランダ戦で見せたのは”退屈なサッカー”からの脱却を予感させるものだった。後半も相手がマンマーク気味の守備に切り替えてきたことで一気にイングランドの攻撃が停滞してしまったが、これはオランダが守備に重きを置いて戦ってきたことが理由としてある。前半のようにリスクを負った攻撃をオランダが仕掛けていれば、もっとイングランドがチャンスを作る場面は増えていただろう。

決勝トーナメントに入り全ての試合でビハインドを覆して勝ち進んできたイングランド。そのメンタリティに加え、戦術的な観点でもポジティブな兆しが見えているのはチームとして大きい。組織的なサッカーでは一日の長があるスペインに対し、向上の見える組織＋個の力を組み合わせることで勝利を手にすることができるか。準決勝でイングランドがさらなる進化の余地を見せたからこそ、決勝への注目がより一層高まることは間違いない。

文・林遼平

埼玉県出身の1987年生まれ。東日本大震災を機に「あとで後悔するならやりたいことはやっておこう」と憧れだったロンドンへ語学留学。2012年のロンドン五輪を現地で観戦したことで、よりスポーツの奥深さにハマることになった。帰国後、フリーランスに転身。サッカー専門新聞「エルゴラッソ」の番記者を経て、現在は様々な媒体で現場の今を伝えている。

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