この世には何度だってやり直せることもある。が、フットボールは誰のことも待ってはくれない。 それは変えることのできない残酷な現実である。
久保建英は今、本当はどんな選手であるかを世間から見定められようとしている。スペインでは、もはや彼の移籍でファンファーレが鳴り響くことはなくなり、その可能性への期待値はずいぶんと下がってしまった。だがしかし、そうしたすべてが悪いというわけではない。久保が本当の才能の持ち主であるならば、なおのことである。
矛盾しているのかもしれないが、久保にとってキャリアの後退とも呼べそうなこの夏の一歩は、とても賢明な一歩でもあった。レアル・マドリー退団は(彼に関する権利をいまだ持っているとはいえ)無条件で、だからこそ粗暴だった名声から遠ざかれることを意味しているし、それに何より加入したクラブはレアル・ソシエダなのだから。ソシエダのフットボール哲学は久保のプレーにぴったりはまる指輪であり、ラ・リーガにおいてこれ以上の移籍先は存在し得なかっただろう。ひざを打つ、真のベストチョイスだった。
■ソシエダのスタイルは理想そのもの
さて、今夏ソシエダが臨んだプレシーズンマッチは、日本人MFがアノエタ(ソシエダ本拠地)でどのような日々を過ごすかを十分に予想させるものだった。久保という選手の長所には限られたスペースでの連係、プレーリズムを一気に変化させるドリブル、(フィニッシュ以外の)キック精度などが挙げられるが、ボールを主役にした攻撃的フットボールを実践するソシエダでは、そのすべてを生かし切ることができそうだ。イマノル・アルグアシルがソシエダに植え付けたプレースタイルは、久保にとってまさに理想的である。
ソシエダがこれまで基本としてきた1-4-3-3も、昨季終盤から頻繁に使用している中盤ダイヤモンドの1-4-4-2のどちらも、久保に最もはまるシステムだ。今夏プレシーズンマッチでソシエダは両システムとも試していたが、ボルシアMG、オサスナ、ボーンマス、アトレティック・クラブとの試合に出場した久保は、水を得た魚のようにプレーしていた。ソシエダがすでに確立しているオートマティスムに少しずつ身を染めながら、それでいて勇敢さや肝の据わり方は相変わらず。ウィング、インサイドハーフ、トップ下(彼の特徴的に言えばここがベストだ)と複数のポジションをこなして、さらに効果的かつ献身的なプレス/守備も見せていた。守備面に関してはマジョルカやヘタフェでの経験が無駄になることなく、確実に役立っている。
■足りないのは、やはり決定力
久保はソシエダデビューを果たしたボルシアMG戦(1-1)から大きな可能性を示した。中盤ダイヤモンドの1-4-4-2のトップ下に位置すると、後方に下がってビルドアップに関与したかと思えばライン間まで上がってそこでボールを受け、プレーに継続性を与えている。加えてチームメートの動きをしっかり補完し、彼らに近づいたり遠ざかったりしてバランスも取っていた(バルセロナ下部組織で一緒だったロベルト・ナバーロの相互理解は特筆ものだ)。
久保は両サイドに自由に顔を出し、なおかつFWとの連係から積極的な飛び出しも披露。ソシエダのFWカルロス・フェルナンデス&イサクはポストプレーほかサイドバックの後方を突くダイアゴナル・ランも見せるが、それも久保がエリア内に入り込むことを促した。久保のソシエダデビューで唯一ケチがついたのは、いつもの決定力不足だった。エリア内でフリーとなったにもかかわらず、判断力&プレー精度とまたフィニッシュでヘマをしている(たとえGKゾマーが相手であったとしても、だ)。久保はもういい加減、ゴールを探し当てなくてはならない。
その次のオサスナ戦(1-0)は、久保の輝きが最も鈍かった試合だった。キックオフ直後のソシエダは久保を右ウィングに配する1-4-3-3だったが、オサスナの的を得たプレッシングがアルグアシルに修正を義務付けて、日本人は右インサイドハーフの役割を務めることになった。右インサイドハーフは久保がその影響力を発揮しづらいポジションではあるものの、それでもポジショナルプレーにおいて彼に備わっている長所は明確に表れていた。後方に下がってセンターバックからボールを引き出すと、ワンタッチで手薄なサイドにパスを出してオサスナのプレッシングを無効化する。久保はいつもとは少し異なる形で、チームにポジティブな影響を与えていた。
3戦目のボーンマスとの試合(0-1)では、久保はレルマにボールを奪われて相手の決勝ゴールのきっかけとなってしまった。それでも再びライン間に位置して攻撃の繋ぎ役になり、深みを取らせるパス、ドリブル突破、ストライカーとの壁パスと、ソシエダの攻撃を引っ張った。惜しむらくは、またも絶好機を決め切れなかったことだが……。
■今こそ期待されたような選手に
そしてラ・リーガ開幕前最後の一戦、アトレティックとのダービー(0-1)。フレンドリーマッチとはいえ、青白のユニフォームを着て同じバスクの赤白のチームと対戦するならば公式戦のような真剣さが求められるが、ソシエダのパフォーマンスは全体的に緩慢だった。しかし久保は、その中で合格点のプレーを見せている。再び1-4-3-3の右ウィングとしてプレーした彼は、対面するユリをスピードで抜き去ることができず最初は苦心していたが、中央に切れ込んでゴール前を主戦場にすると存在感を格段に増した。1トップのカルロス・フェルナンデスを意識しながら、状況が求めるプレーを適切に実行している。間違いなくダービー敗戦に値したソシエダの中で、少なくとも久保のプレーは評価されるべきだった。
久保はプレシーズンの段階で、レアル・ソシエダを選択した正しさを証明していた。メディア的な注目度は過去ほど高くはないかもしれない。が、過去に期待されたような選手になれる可能性は、今が一番高いだろう。フットボールは誰のことも待ってくれない。今季、本当はどんな選手なのかを見定められようとしている久保は、これ以上ないチャンスを手にしている。
文=ハビ・シジェス/スペイン紙『as』試合分析担当
翻訳=江間慎一郎
1983年生まれ。東京出身。携帯サッカーサイトの編集職を務めた後にフリーのサッカージャーナリスト・翻訳家となり、スペインのマドリードを拠点に活動する。 寄稿する媒体は「GOAL」「フットボール批評」「フットボールチャンネル」「スポニチ」「Number」など。文学的アプローチを特徴とする独創性が際立つ記事を執筆、翻訳している。
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