世界との邂逅、手応え、後悔、そして未来に託したいバトンについて語ってもらった全6回のインタビュー連載『この一戦にすべてを懸けろ』。今回は1998年のフランス大会に主将として出場した井原正巳氏に話を聞いた。
――日本がワールドカップに初めて出場したのが1998年のフランス大会です。井原さんはそのチームでキャプテンを務めましたが、まずは悲願を成就させた“ジョホールバルの歓喜”の瞬間を振り返っていただけますか?
1998年のフランス大会の予選は、その前のアメリカ大会予選の“ドーハの悲劇”があったなかで、絶対に突破しなければいけないという想いで臨みました。しかも、2002年に日韓共催が決まっていたので、開催国が一度もワールドカップに出たことのない状況は避けなければいけない。周囲の期待も大きく、その分プレッシャーもありました。一次予選は問題なく突破できましたが、最終予選は急遽レギュレーションが変わったこともあり、調整が難しかったですね。いいスタートが切れたんですが、その後に結果が出ず、途中で監督が交代する厳しい状況にも直面しました。それでもサポーターの後押しもあり、何とか逆境を跳ね返して、ジョホールバルでの第3代表決定戦までたどり着くことができたと思います。
――イランとの決戦では、最後に岡野雅行選手が劇的なゴールデンゴールを決めました。あの瞬間は何を思ったのですか?
本当に予選が長かったので、やっと決まったなと。絶対に勝ち取らないといけない状況のなかで、自分はキャプテンという立場でもあったので、初めてワールドカップに出られる喜びよりも、使命を果たせたことに対する安堵の気持ちの方が強かったです。
――ドラマチックな予選を経て、本大会に挑むことになりますが、大会直前にもそれまでエースだった三浦知良選手がメンバーから落選するという“事件”も起きましたね
直前合宿のスイスまで行って、カズさん、キーちゃん(北澤豪)、市川(大祐)の3選手が落選しました。メンバー選考なのでしょうがない部分はありましたけど、本大会に臨むうえで少なからず影響はあったと思います。
――チーム内に動揺が走ったわけですね
特にカズさんとキーちゃんは代表歴の長い2人でしたし、予選でも活躍してくれました。個人的な感情では、どうしてなのか、という気持ちはありましたよ。でもキャプテンという立場でもあったので、チームをまとめていかないといけないという使命もありました。複雑な状況ではありましたけど、本番が目前に迫っていましたから、割り切ってやっていくしかなかったですね。
――そうした状況も踏まえ、初めての大会に臨むにあたり、楽しみと不安、どちらの気持ちが大きかったですか?
世界のトップレベルとの真剣勝負を初めて経験できるという意味では、楽しみでした。ただ私だけでなく、選手、スタッフも含めて初めての大会ですから、当然不安もありましたよ。雰囲気も含め、まったく分からないままフランスに乗り込みましたから。
――初戦の対戦相手はアルゼンチンでした。キャプテンとして先頭を歩き、ピッチに入った瞬間は何を感じましたか
まず、これがワールドカップなんだなということ。そして、このために今まで自分は努力してきて、ようやく夢の舞台に立てたんだなという想いでしたね。先頭で初めてのワールドカップのピッチに入っていけたのは、良い経験をさせてもらったと思います。キャプテンをやっていて、初めて良かったと思えた瞬間でした(笑)。あの瞬間は一生忘れられないですし、今でも自分の財産だと思っています。
――アルゼンチン、クロアチア、ジャマイカと対戦したグループリーグは、3戦全敗に終わりました。その結果についてはどう受け止めていますか
まずは、初戦ですよね。これは今となっての話ですが、本当に勝つために試合に臨んでいたのかなと考えることはあります。アルゼンチンには0-1とスコアこそ僅差ですけど、力の差を改めて痛感させられた試合でした。世界を相手に勝つことの難しさを突き付けられた試合だったと思います。
――臆するところがあったと?
そうですね。あの時の日本代表は、ワールドカップに出ることが一番の目標で、ワールドカップで勝つことを目標に戦っていなかったのかなと、今となっては思います。アルゼンチンなら引き分けでもいいんじゃないかって。でも、ワールドカップでは初戦で勝つことが次のラウンドに行くためには大事だというのは、その後の大会を見ても明白です。初戦に勝つことに対してフォーカスできなかったことが、3戦全敗という結果を招いたと思います。
――その意味では、悔いが残る大会となったわけですか?
最初から分かっていれば、気持ちの部分の準備だったり、コンディションの調整も含めて、初戦にピークを持っていくことができたのかもしれません。初戦の重要性を意識して取り組んでいけば、もう少し、結果が変わっていたのかなと思います。
――ただ、あの大会の経験がその後の日本代表に生かされているとも感じます
そうですね。あの大会の経験が次の日韓大会に生かされたと思いますし、その後も出るたびに、経験を得て、反省を繰り返しながら、日本代表は着実に成長していると思います。何が正解かはなかなか見つけられないと思いますけど、そのなかでサッカー協会の方やスタッフが、本大会で結果を出すために尽力されていると思います。今はワールドカップでベスト8進出が現実的な目標になると思いますが、そのために、培ってきた経験を継承して次に生かしていかないといけない。他の国も同じように積み重ねているとは思いますが、そのなかで結果を出すことの難しさを感じながらも、日本のサッカーは少しずつ進歩しているのかなと感じています。
――世界への扉をこじ開けたフランス大会から蓄積されたものが、今の日本代表にもつながっていると思います。現代表には、井原さんの教え子たちが重要な役割を担っていますよね
教え子と言いますか、直接監督として指導したのは、冨安(健洋)だけですね。今回は(負傷のため)選出されませんでしたが。
――柏のコーチとして、酒井宏樹選手や中山雄太選手にも関わりがありますよね
そうですね。宏樹も中山もそうですし、北京五輪代表でコーチもやっていたので、長友(佑都)や吉田(麻也)とも接点はあります。
――つまり、最終ラインのほとんどが井原チルドレンですね
チルドレンというわけではないですが(笑)。ただ、関わりのある選手たちには当然思い入れがありますし、彼らがワールドカップという最高の舞台で活躍してくれることを願っています。成長する姿を目の当たりにして、純粋にすごいなと思います、そういう想いを持ちながら、今は日本代表を応援させてもらっています。
――今回の最終予選の日本代表の戦いぶりを、どのように見ていますか
スタートで少し躓きながら、苦しい時期を何とか乗り越えてここまで来ていると思います。今はほとんどの選手がヨーロッパでプレーしていますし、チームとして戦術を整える時間が非常に少ないなかで結果を出さなければいけないという難しさは、今回の予選が一番でしょう。ましてこのコロナ禍では、いろんな制限があります。限られた時間の中でも少しずつ修正し、試合を重ねながら完成度を高めてきているので、森保監督のチームをオーガナイズする能力はすごく優れていると感じます。
―――現状は、批判の声の方が大きいですよね
風当たりは強いですけど、そうした周囲の声に惑わされず、森保監督は一切ブレていない。あれだけのプレッシャーを受けながらも、毎試合同じような形で臨んでいるのはすごいことですよ。選手も監督の想いに応えようとする姿勢が伝わってくるので、残りの2試合でもしっかり結果を出してくれると思っています。
――次戦のオーストラリア戦が、今予選の最大の山場となりそうですね
そこが決戦になると思います。本来の目的はワールドカップでベスト8に行くことですが、まずは出場しなければ意味がありません。ワールドカップ予選と、本大会でベスト8を目指すのはまったく別物だと個人的には思っています。まずはどんな形でもいいので出場権を手にし、そこから目標に到達できるようにチーム力を上げていけばいいだけ。その意味でも次のオーストラリア戦は、内容うんぬんよりも、何より結果を求めた戦いをしてほしいですね。
―――結果を出すために、何が一番重要となりますか
精神的には難しくなるのかなと思います。勝てば突破がほぼ決定しますが、現状ではオーストラリアより順位は上にいますし、アウェイということを考えれば引き分けでもいい。その状況をどのように捉えて、試合に臨むのか。もちろん引き分け狙いに行くことで、受け身になって隙が生まれることも考えられます。森保監督がどのようなプランで臨むのかが、とても興味がありますね。ただ、どんな選択をしようとも、今の日本には経験のある選手が多くいますし、監督の考えを体現できるだけの選手が揃っています。信頼関係もあると思いますので、日本らしい戦いを見せてくれると思います。
――もし、今の日本代表に「キャプテン井原」がいれば、どのようにチームを引っ張っていきますか
我々の時代の選手と今の選手たちとは、まったく別物だと思います。今は世界の舞台で活躍している選手がほとんどですし、予選突破を経験している選手も多くいます。経験豊富な彼らが、どうすれば予選を突破できるということを一番理解しているのではないでしょうか。特に吉田や長友はチームにそういうものを還元しながら、自身の役割を全うしていると思います。ワールドカップに出たことのなかった我々の頃とはレベルが違いますし、目標も次元の高いものになっています。より高い場所を見ている選手ばかりだと思うので、予選は突破して当たり前くらいの気持ちで臨んでいるのかなと思います。だからまったく心配はしていません。
文・インタビュー 原山裕平
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