久保建英が日本の関係者やファンに広く認知されたのは2011年9月。バルセロナ下部組織(ラ・マシア)の入団テストで合格し、世界屈指と名高い育成アカデミーに加わったときだ。バルサに認められた稀有な才能はラ・マシアで着実に磨かれ、13-14シーズンのU-12国際トーナメントで大会得点王&MVPを受賞。14-15シーズンにはインファンティルA(13~14歳)に昇格した。
しかし、ここで予期せぬトラブルに見舞われる。18歳未満の国際移籍を原則禁じているルールに抵触したとして、FIFAがバルサに該当選手の公式戦出場停止といった処罰を下したのだ。10歳でラ・マシアの一員となった久保も対象となった。
これで日本への帰国を決断した久保は15年3月に FC東京 の下部組織に移籍。翌年には飛び級でU-18に昇格し、日本クラブユースサッカー選手権で大会史上最年少の得点王に輝いた。16年9月にはトップチームに2種登録。そして同年11月のJ3第28節、FC東京U-23ー長野パルセイロ戦でJリーグ史上最年少デビューを飾った。
FC東京とプロ契約を結んだのは17年11月1日で、その4日後にはプロ初得点を記録。同26日には史上3番目の若さ(16歳5ヶ月22日)でJ1デビューを果たした。だが、その後は思うように出場機会を伸ばせず、18年8月に 横浜F・マリノス に期限付き移籍。約半年間の武者修行を積んだ。
その経験がプラスに働いたのは、19年に復帰したFC東京での活躍を見れば明らかだった。開幕スタメンの座を勝ち取ると、攻撃の牽引車としてチームの首位躍進に貢献。第3節に初アシスト、第11節にFC東京トップチームでの初ゴール、第14節に自身初の2ゴールと目に見える結果も残した。
19年5月には日本代表に初選出。6月9日のエルサルバトル戦で初キャップを刻み、同24日には世界にその名を轟かせる。古巣バルセロナへの復帰やパリ・サンジェルマン移籍の噂も浮上していたが、「20世紀最高のクラブ」レアル・マドリードへの完全移籍を発表したのだ。
加入1年目はカスティージャ(Bチーム)で研鑽を積むと目されていたものの、トップチームのプレシーズンマッチで存在感を発揮し、19年8月にマジョルカへの期限付き移籍が決定。この新天地でラ・リーガデビュー(9月2日の第3節バレンシア戦)を飾り、第13節ビジャレアル戦で記念すべき初ゴールを奪っている。
シーズン終盤にはマジョルカの攻撃を牽引する存在となった久保に、スペインの国内外から獲得オファーが殺到。移籍市場の人気銘柄となった。
様々なクラブが新天地候補に挙がるなか、8月10日にビジャレアルへの1シーズンのレンタル移籍が決定。ラ・リーガ挑戦2年目の2020-21シーズンは”イエローサブマリン”の一員として、自身初となるヨーロッパリーグに挑んだ。
しかし、ウナイ・エメリ監督の信頼を完全に勝ち取るには至らず、21年1月に環境を変える決断を下す。新たな武者修行先はヘタフェ。所属元(レアル・マドリード)と同じマドリード州に本拠を構えるクラブに活躍の場を移した。
プレースタイル
卓越したボールテクニックや非凡な状況判断力を誇り、ドリブルとパスを織り交ぜた仕掛けを武器に、狭いスペースやバイタルエリアを独力でこじ開ける。レフティにありがちな左足一辺倒になることはなく、実際、ラ・リーガ1年目に右足で2ゴールを記録した。
課題と目されたフィジカル面に長足の進歩が見られている点を含め、レアル・マドリードは若きサムライの成長ぶりを高く評価しているようだ。
動画:ゴール&プレー集
プロフィール・経歴
久保建英/Takefusa Kubo
2001年6月4日生まれ 174cm・67kg 利き足:左
シーズン | 所属クラブ | 出場・得点 |
---|---|---|
2017 | FC東京 | 2試合・0得点 |
2018 | FC東京 | 4試合・0得点 |
横浜F・マリノス | 5試合・1得点 | |
2019 | FC東京 | 13試合・4得点 |
2019-20 | マジョルカ | 35試合・4得点 |
2020-21 | ビジャレアル | 13試合・0得点 |
ヘタフェ | 7試合・0得点 |
※成績は国内リーグ(2020年2月16日現在)
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