キックオフ前、円陣を組んだ選手たちがある言葉を発していた。
「コラージョ」
イタリア語で「勇気、勇敢」を意味する言葉は、DF長友佑都が使い始めたことでチームの合言葉になっていった。
「精神的なミーティングをした時に自分から話して、一人ひとりに『コラージョ』と言っていたら、自然にみんなが言うようになっていました。言葉は大事なんですよ。自分を奮い立たせてもらえるものだから。それが合言葉になって嬉しいです」
グループステージを突破する上でも重要な意味を持つ初戦のドイツ代表戦は、とにかく勝ち点を手にすることが求められていた。だが、前半は相手をリスペクトし過ぎたせいか、なかなか自分たちの狙いを遂行できず。プレスもはまらず、守備に追われる時間が続いた。ポゼッション率で70%を超える数字を叩き出されたことを考えれば、いかに難しい試合展開だったかが分かるだろう。
それでも、1点差なら何が起こるか分からない。この試合に向けて戦術的な話だけでなく、メンタル的な面でも多くのことをディスカッションしてきたからこそ、全員の意志が統一された。
「1失点ならば、絶対に何か起こるとみんなで共有していました。それはピッチ内でも話し合っていたし、ハーフタイムでもそう。だから、前半を1失点で抑えられたことが勝利につながったかなと思います」(長友)
後半、チームの合言葉どおり、日本代表は勇敢に戦った。さらなる得点を奪われることを恐れるのではなく、同点弾を奪うために果敢に敵陣へと侵入。アグレッシブな姿勢を見せ続けることで、ドイツ代表に少しずつダメージを与えていった。また、森保一監督も3バックのシステムに変更し、どんどん攻撃的な選手を投入。チーム全員の力で勝利をもぎ取ろうと、ゴールを目指していった。
そして、リスクを冒してまでゴールを狙う姿勢は結果に結実する。75分にMF堂安律が、83分にはFW浅野拓磨がゴールを決めて逆転。試合終了のホイッスルが鳴ると、最後まで戦い抜いたピッチ上の選手たちにベンチメンバーが駆け寄り、歓喜の瞬間が訪れた。
「(優勝したかのような盛り上がりだったが)それくらい大きなことを成し遂げたと思います。僕が一番、初戦の大事さを分かっているからこそ、何がなんでもこの試合に勝ちたいという気持ちが強かった。ベンチのチームメイトも(ピッチに立っている選手も)みんなの心が一つになっていたなと。比べる必要はないかもしれないけど、ドイツと日本のベンチの雰囲気は全然違っていたと思います。みんな熱量があって、みんな戦っていた。あれは感動するレベルだなと思いますよ。僕がずっとみんなの心を一つにつなげることが大事と言っていたのは、こういうことです」
W杯史上初めて逆転勝利を収め、日本サッカー史上初めてドイツ代表に勝利した。試合前、どれほどの人がドイツ代表に勝利すると思っていたかは分からない。ただ、チームが最後まで勝利を信じ、勇気を持って目の前の相手に全力でぶつかっていったからこそ、大きな結果を手に入れることができた。
この勝ち点3は、グループステージの一つの勝利でしかないかもしれない。それでも、「日本サッカーにとって大きな分岐点」(田中碧)となる勝利になったことは間違いない。
文・林遼平
埼玉県出身の1987年生まれ。東日本大震災を機に「あとで後悔するならやりたいことはやっておこう」と憧れだったロンドンへ語学留学。2012年のロンドン五輪を現地で観戦したことで、よりスポーツの奥深さにハマることになった。帰国後、フリーランスに転身。サッカー専門新聞「エルゴラッソ」の番記者を経て、現在は様々な媒体で現場の今を伝えている。