実は、スペイン代表との決戦の2日前に至っても、日本代表の戦い方は定まっていなかった。
「(実際のスペイン戦とは)違うプランを考えていて、練習で試していた」と森保一監督は明かした。2日前に取り組んでいたのは、3-4-1-2のフォーメーションだ。ウイングバックをウイングのように上げ、3-2-1-4のような形にすれば、4-3-3(4-1-2-3)のスペインとがっちり噛み合うはずである。
ところがどうにもうまくいかなかった。「前からハメに行こうとしていなかったから、ハマっていなかった」と明かしたのは鎌田大地だ。
そこで選手、スタッフが話し合うなかで浮上したのが、実際にスペイン代表戦で採用される3-4-2-1(5-4-1)だった。このシステムは、森保監督がサンフレッチェ広島時代に採用し、慣れ親しんだものだが、この試合で採用の決め手になったのは、異なる理由からだった。
今年4月のヨーロッパリーグ準々決勝で、スペイン代表の中核を成すバルセロナを、鎌田大地が所属するフランクフルトが撃破する。そのフランクフルトのフォーメーションが3-4-2-1なのだ。鎌田が続ける。
「みんなも言ってましたけど、僕もフランクフルトでの成功体験があったので、そうしたほうがいいんじゃないかと言わせてもらいました」
3-4-2-1をベースとした5-4-1の形でしっかりとブロックを組み、ブロック内にボールを入れさせないようにしてパスワークを遮断したり、ボールをサイドへ誘導してボールホルダーを激しく潰す。相手を自陣に引き込んで、相手ディフェンスラインの裏にスペースを作り、カウンターを狙う。そうしたプランを持ってスペイン代表戦に臨んだ。
その際、重要なタスクを担うのが、1トップの前田大然と2シャドーの鎌田、久保建英だった。
「うまく背後で(アンカーの)ブスケッツを消して、起点を作られないように、ということを意識してしました」
そう前田が言えば、鎌田もこう振り返る。
「僕とタケは守備に追われて犠牲になるようなシーンが多かったですけど、これがチームのやり方なのである程度割り切っていました」
だが、マークのズレを突かれ、前半早々にモラタにゴールを許してしまう。2点目は絶対に与えまいとする強い気持ちとスペイン代表の攻勢が、ズルズルと日本代表のディフェンスラインを下げさせることになる。
こうして5-4-1で防戦一方となった前半途中、今度はピッチ内の対応力が発揮された。押し返すためにマークの担当を変えるのだ。
3バックの両サイドを務める板倉滉と谷口彰悟が勇気を持ってインサイドハーフのペドリとガビにプレッシャーをかける。相手の両ウイング、ニコ・ウィリアムスとダニ・オルモは長友佑都と伊東純也がしっかりと対応した。板倉と谷口によって押し出されたボランチの田中碧が相手のセンターバック、パウ・トーレスにプレッシャーに行けるようになる。板倉が言う。
「パウ・トーレスがフリーで持ち上がって、どこにでも出せる状況を作られていた。さらにペドリが僕と中盤の間に入ってきた。僕がペドリに行くことで後ろに広大なスペースが空きますけど、チャレンジしました」
後半に前からプレッシャーを掛けてスペインを圧倒する布石は、前半途中から打たれていたわけだ。クラブチームの戦い方を代表チームに取り入れ、高濃度のコミュニケーションによって練習時間の短さを埋めていく。さらに、ピッチ内で発揮された選手たちの臨機応変さ。ジョーカーを次々と送り出す後半の戦いぶりが注目されるが、日本代表の成長は、こんなところにも見えるのだ。
文・飯尾篤史
1975年生まれ。東京都出身。明治大学を卒業後、週刊サッカーダイジェストを経て2012年からフリーランスに。10年、14年、18年W杯、16年リオ五輪などを現地で取材。著書に『黄金の1年 一流Jリーガー19人が明かす分岐点』、『残心 中村憲剛の挑戦と挫折の1700日』などがある。